大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成5年(う)424号 判決

本店所在地

東京都渋谷区円山町一〇番八号

株式会社富士エステートアンドプロパティ

(右代表者代表取締役 堀口麗子)

本籍

東京都新宿区北新宿一丁目四〇五番地

住居

同 都目黒区青葉台三丁目三番七号

会社役員

堀口麗子

昭和一一年一二月一五日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、平成五年三月一二日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人らからそれぞれ控訴の申立てがあったので、当裁判所は、検察官五島幸雄出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

原判決中、被告人堀口麗子に関する部分を破棄する。

被告人堀口麗子を懲役三年六月に処する。

被告人堀口麗子に対し、原審における未決勾留日数中一八〇日を右刑に算入する。

被告人株式会社富士エステートアンドプロパティの本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人堀口麗子及び被告人株式会社富士エステートアンドプロパティの連帯負担とし、原審における訴訟費用は全部被告人堀口麗子の負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人木下良平、同河本仁之、同鈴木正捷、同松田義之連名の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

そこで、原審記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて、各論旨につき次のとおり判断する。

第一各控訴趣意中事実誤認の主張について

論旨は、要するに、被告人株式会社富士エステートアンドプロパティ(以下「被告会社」という。)の昭和六三年三月期の事業年度に行われた、被告会社所有にかかる別紙物件一覧表記載の各物件(以下「本件物件」ともいう。)の各買受先に対する譲渡(以下「本件譲渡」ともいう。また、各物件名を同表中の「物件名」欄記載の略称で表示する。以下同じ。)につき、原判決は、法人税ほ脱のため架空の売却損を計上する目的で仮装されたものであると認定し、さらに、被告人堀口麗子(以下「被告人」という。)に対し右の点に関する法人税ほ脱の故意及び期待可能性の存在を肯定しているが、(1)本件譲渡は真実の売買であって仮装されたものではなく、本件では法人間における不動産の低額譲渡に対する税法上の取扱如何が問題になるに過ぎない。(2)仮に真実の売買ではないとしても、被告会社の決算及び税務申告のすべてが専門家である税理士の判断と指導によって行われ、被告人は同税理士の一連の処理が適法であると固く信じていたものであるから、被告人には法人税ほ脱の故意はなく、かつ、他の適法行為を期待することもできなかったから、これらの点で原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がある、というのである。

しかしながら、原判決挙示の関係証拠によれば、本件譲渡が仮装されたものであり、被告人に法人税ほ脱の故意及び期待可能性が存在すると認めた原判決は正当であり、当審における事実取調べの結果によっても、右判断は左右されず、原判決に所論指摘の事実の誤認はないというべきである。以下、所論にかんがみ説明を付加する。

一  本件譲渡の仮装行為性について

所論は、主に、被告人の捜査段階、原審及び当審公判における各供述、当審証人佐々木秀男及び同島津博雄の各証言などに依拠して本件譲渡が真実の売買であった旨を主張しているが、本件譲渡に関与したその余の者らの各供述、特に、大塚雄二の原審及び当審各証言、黒川和紀の原審証言、杉山時矢、栗林久枝、浅沼文雄、楠本敦司の検察官に対する各供述調書等によれば、本件譲渡が仮装されたものであることは明らかであり、この点は、以下のとおり認定することができる本件譲渡に至る経緯、その内容及び譲渡後の状況等の客観的事実に照らしても、疑いがない。本件譲渡が真実の売買であると認識していたなどとする被告人の一連の供述及び前示佐々木らの証言は信用することができない。

すなわら、関係証拠によれば、本件譲渡の客観的な実態は、以下のとおりであったと認めることができる。

1  被告会社の昭和六三年三月期における収支の見込みと同期の確定申告の内容等について

被告会社においては、昭和六二年四月以降、不動産取引により多額の利益を上げ、昭和六三年二月末の時点での合計残高試算表によれば、同年三月期には約四九億円の利益の計上が見込まれていた。被告人は、被告会社の当時の顧問税理士浅沼文雄から、同期の納付すべき法人税額等の合計が約四〇億円に上ることを聞き、かねて、不動産を簿価より低い値段で売却して売却損が計上した他社の事例を聞いていたことから、被告会社所有の不動産を簿価よりも低額で譲渡することにより売却損を計上して多額の納税を免れることができるのではないかと考え、同社の決算期である同年三月末日までに、後述するとおり、売上原価の合計が一三一億二八六〇万円余の合計一五件の不動産を、株式会社富士プロジェクト(以下「富士プロジェクト」という。)、パイデアオーバーシーズ株式会社(以下「パイデアオーバーシーズ」という。)及び株式会社カズコーポレーション(以下「カズコーポレーション」という。)の三社に対し、代金合計八四億七九五〇万円で売却し、合計四六億四九一〇万円余の売却損を計上する形とした。そして、被告会社は、昭和六三年五月三一日、所轄の渋谷税務署長に対し、同年三月期における利益はなく、反対に、欠損金が三七〇三万円余である旨を記載した法人税確定申告書を提出した。

2  売却先の会社の状況、売却先決定の経緯及びその交渉等について

富士プロジェクトは、昭和五四年五月に設立された不動産の売買、仲介、賃貸及び管理並びにコンサルタント業務等を目的とする資本金一〇〇〇万円の株式会社であり(設立時の商号は株式会社ハルク。その後、昭和六〇年五月株式会社富士ランドプロジェクトに、昭和六二年一一月現商号にそれぞれ変更)、被告人が代表取締役に就いているが、昭和六三年三月当時、格別の営業活動をせず、法人税の確定申告もしないまま存続していたものであり、本店所在地である東京都千代田区九段南の同社名義で保存登記をしたビルに社名を記した看板を掲げてはいたものの、従業員はおらず、実質的な事務所もない状態であった。パイデアオーバーシーズは、昭和六二年八月に被告会社に入社した楠本敦司(以下「楠本」という。)によって昭和五七年九月に設立された海運業並びに不動産の売買、仲介、賃貸及び管理業務等を目的とする資本金三〇〇万円の株式会社であり、設立以来楠本が代表取締役に就いているが、昭和六二年春からまったく営業活動をしておらず、昭和六三年三月当時は従業員も事務所もない状態であった。カズコーポレーションは、黒川和紀(以下「黒川」という。)によって昭和五九年一二月に設立された有限会社アーバンホームズを昭和六二年七月に組織変更したものであって、不動産の売買、賃貸、管理及び仲介等を目的とする資本金三〇〇万円の(その後平成二年四月に二一五〇万円に増資)の株式会社であり、設立以来黒川が代表取締役に就いている。

被告人は、当初、被告会社所有の不動産を売上原価を割った低価格で売却する相手方として富士プロジェクトのみを考えていたが、被告会社の昭和六三年三月期の税務処理を依頼した大塚雄二税理士(以下「大塚税理士」という。)から、「低額譲渡の相手方として、富士プロジェクト以外に決算書を作っている他の会社も加えた方がいい。そういう会社があれば買えばいい。」などという助言があったため、他社をも加えることになった。そこで、急遽、前示のとおり、被告会社の社員である楠本が持っていたパイデアオーバーシーズをその一社に加え、さらに、被告人の指示により、被告人が共同設立者の一人で筆頭株主でもある株式会社マックホームズの取締役営業部長杉山時矢(以下「杉山」という。)が買受先として適当な会社を探し、候補に上がった株式会社ロゴジャパンの代表取締役に二〇〇万円ないし三〇〇万円で同社を売ってほしいと頼んだが、同時に代表者の名前を残したままにしてほしいとの条件を付けたことから警戒されて話がまとまらず、次いで、杉山と親交のあった黒川が経営するカズコーポレーションが候補に上がった。

楠本は、昭和六三年三月二〇日過ぎころ、被告人から、「パイデアに物件を持たせたいから、パイデアを使わせてほしい。」と頼まれてこれを承諾したが、その際に、売買の対象となる物件の所有者、物件の所在地、代金額などは一切聞いていなかった。また、その後のパイデアオーバーシーズに売却する物件の選定、各代金額の決定、各契約書の作成について、楠本は一切関与しておらず、すべて一方的に被告会社側で決定、処理されており、同人は、同月二八日ごろ、被告人の指示に基づいて、日本リソース株式会社(以下「日本リソース」という。)の事務所において、パイデアオーバーシーズを債務者とする金銭消費貸借契約書等の必要書類に同社の代表者印を押すなどしたのみであった。その後、同人は、同社の代表者印等を、被告会社の経理事務を担当していた栗林久枝に渡しておいた。

黒川は、同月二〇日過ぎころ、被告人の意を受けた杉山から、青葉台、代官山、用賀及び北沢の各物件について、「金の方はすべて用意するから、三か月くらい持った形にしてくれ。名義を貸してくれ。」と頼まれてこれを承諾したが、その際、各物件の所有者、地積、面積等の詳細やそれぞれの具体的な代金額を知らされておらず、同月二八日ころ、所有権移転登記手続等のため、日本リソースの事務所に赴き、持参した代表者印や印鑑登録証明書等の必要書類を杉山に交付したにとどまる。その後作成された各売買契約書についても、その内容の決定にまったく関与していない。

3  売却の時期、売買代金決定の経緯とその内容、売買契約書の作成状況及び所有権移転登記手続等について

(1) 売却の時期等について

本件譲渡は、被告会社の決算期が切迫していた昭和六三年三月中旬ころから、同月末までの間に、急遽、決定され、実行されたものである。その中には、国土利用計画法上の届出を要する土地取引に当たるものもあったが、届出から不勧告通知がされるまで二週間程度を要すると見込まれたことから時間的余裕がなく、結局、届出をしないこととされた。そして、本件譲渡により昭和六三年三月期の利益にほぼ見合う前示の四六億四九〇〇万円余の売却損を出している。このように、多数かつ多額の本件物件を一括して、この時期に、しかも極めて短期間の内に、その期の利益に見合う売却損を出してまで他に譲渡しなければならなかった合理的な理由としては、被告会社の税金対策の外に想定できるものがない。

(2) 売買代金額決定の経緯及びその内容について

次に、売却の経緯をみると、同月半ば過ぎころ、杉山は、被告人から、合計五〇億円の売却損が出るように在庫不動産の売価をセットするよう指示を受け、被告会社所有不動産の物件リストに基づき、各物件の特性を加味しながらも、合計五〇億〇九〇〇万円の原価割れになるように売却物件の選別及びそれぞれの一応の値付けをした。以後これをたたき台として、物件の選別及び価格の決定等が進められた。

本件物件の売買価格は、既存の債権者が期限前弁済及び抵当権の消滅に応じてくれる八つの物件については、所有権移転登記手続がされた同月末ころまでに、前示の杉山案を基に各物件の鑑定評価額、既存の抵当権の被担保債権残額及び貸付可能額等を考慮して決定されたものの、残る七つの物件については、未定であり、大塚税理士によって、前示の八つの物件の売上の計上を前提にして被告会社の決算の状況と調整しながら、被告会社の法人税確定申告期限の直前である同年五月二六日に至ってようやく決定された。その内容は売上原価の二〇ないし三〇パーセントの範囲内で一定の割合分を差し引くという方法によるものであった。そして、本件物件の各代金額は、いずれも売上原価(簿価)を下回っており、かつ、山一総合ファイナンス株式会社(以下「山一ファイナンス」という。)が不動産鑑定士に依頼して得た、久米川及び西新宿物件を除く一三の物件の各鑑定評価額で、売上原価以下であった六つの物件についても、これに満たないものであった(鑑定評価額に比して大幅に下回っている例としては、九段物件の約一七億三一〇〇万円減、円山町物件の約五億七八〇〇万円減、島一ビル物件の約三一億二八〇〇万円減、代官山物件の約五億三三〇〇万円減、青葉台物件の約六億九五〇〇万円減などがある。)さらに、右の一三の物件の鑑定評価額の合計額は一六七億六一〇〇万円であり、その譲渡の代金の合計額は七九億九三五〇万円であって、その差額は八七億六七五〇万円に達している。

(3) 売買契約書の作成状況について

本件譲渡に関する各不動産売買契約書は、いずれも、大塚税理士によって、被告会社の法人税確定申告を終えた後の昭和六三年八月から九月ころに至ってようやく完成、作成されたものである。その内容については、売買の日付を昭和六二年四月や同月九月に逆上らせたものがあり、その中には登記簿上の登記原因の売買日付と異なっているものも少なくない。さらに、富士プロジェクト関係の昭和六二年九月を売買の日付とする契約書には、当時の同社の商号は前示のとおり「株式会社富士ランドプロジェクト」であったのに、設立時の旧商号である「株式会社ハルク」を買主として掲げているほか、売主の表示に関し、七つの物件に関する契約書において、被告会社「専務取締役副社長杉山時夫」と事実と異なる記載がされているなど、極めて杜撰かつ恣意的な内容になっている。

(4) 登記手続の状況について

昭和六三年三月二八日から同月三一日にかけ、九段物件を除く一四の物件について、いずれも売買を原因とする所有権移転登記手続が行われた。そのうち、九つの物件については、同月三月二八日から三〇日の売買を登記原因としているものの、五つの物件については、超短期所有土地に関する譲渡利益の損益通算の関連で取引日を逆上らせる必要があったことなどから、その日付が昭和六二年九月二〇日とされている。残る九段物件については、同物件に関する契約書の記載とはまったく異なり、昭和六三年九月二一日付で真正な登記名義の回復を登記原因として富士プロジェクトに所有権移転登記手続が行われている。さらに、昭和六二年九月二〇日付売買を原因として富士プロジェクトに所有権移転登記手続が行われた円山町物件についても、昭和六三年九月にいずれも錯誤を原因として所有権移転登記の抹消登記手続や同回復登記手続が行われ、最終的には、平成元年六月九日付で真正な登記名義の回復を登記原因として被告会社に所有権移転登記手続が行われている。

(5) 代金決済の状況及び超過融資分の還流について

昭和六三年三月ころまでの間に、不動産を担保に複数の金融機関から借り入れをしている被告会社に対して、被告会社や前記株式会社マックホームズが大株主である日本リソースが融資をし、被告会社がこれによって既存の債務を弁済して日本リソースに対する債務に一本化するという基本的な合意が関係会社間に成立していたところ、抵当権設定の対象となる被告会社所有の不動産が譲渡された場合には、日本リソースからの融資を、被告会社に代わってその買受先に行い、買受先に対する日本リソースの融資金は、そのまま被告会社が売買代金として取得することが新たに合意された。その際、日本リソースのバックファイナンス先である山一ファイナンスとしては、不動産融資による債権保全を確実にするため、日本リソースが当該不動産上に第一順位の抵当権を取得し、山一ファイナンスがこれに対する第一順位の転抵当権を取得することを融資の条件としていたことから、被告会社に対する既存の債権者が期限前弁済及び既存抵当権の消滅に応じてくれることが融資の前提となっていた。

日本リソースの不動産担保融資の対象となった前記の八つの物件については、その売買代金額のみでは、各物件に設定された既存の抵当権の被担保債権額には足りず、抵当権を消滅させることができないため、同代金額を超えて各買受先に融資し、その超過融資分を被告会社に還流させて被告会社の既存債務の弁済に充てることとした。その際、買受先の三社から直接被告会社へ金が流れることを隠蔽するために、資金の通過点として実態のない三弥鉱業株式会社を介在させ、各買受先からの同社に対する貸付け及び同社からの被告会社に対する貸付けの形を仮装して超過融資分を被告会社に還流させることにした。そのため、大分銀行東京支店に「三弥鉱業株式会社東京営業所長近藤久雄」という架空名義の普通預金口座を新たに開設するなどの工作をした。これらの事情についても、被告会社側が一方的に決めたことであり、楠本や黒川はまったく知らされていなかった。

右の八つの物件の代金決済は、登記手続を終えて融資が実行されると同時に前示のとおり行われ、超過融資分も被告会社に還流された。残りの七つの物件については、代金決済が留保されたまま、所有権移転登記手続が行われるなどし、当期は未収金として処理された。

4  被告会社における社内処理の状況について

被告会社の経理事務担当者栗林久枝は、昭和六三年四月に、前示の日本リソースの融資の対象となった八つの物件の売上や三弥鉱業株式会社からの三八億一〇〇〇万円の借入等について総勘定元帳に記帳し、同年七月には、残りの七つの物件の売上について同元帳に記帳していたところ、同年八月から九月ころに大塚税理士によって作成された右一五の物件に関する売買契約書に記載された売買の日付と同元帳の記載と食い違うものがあったため、同税理士の指示により、元帳の該当部分を契約書記載どおりに新たに書き直している。

5  本件譲渡後の状況について

(1) 権利証の保管及び各権利関係の変動等の状況について

本件譲渡後も、パイデアオーバーシーズ及びカズコーポレーションに対して、売却物件の権利証(登記済証)は交付されず、被告会社がこれを保管していたほか、富士プロジェクトに売却した相模大野物件及びホテルやしろ物件によるホテルの営業による売上、同社に売却した百人町、九段、久米川及び島一ビルの各物件から生ずる賃料収入、パイデアオーバーシーズに売却した中野区中央物件及びカズコーポレーションに売却した用賀物件から生ずる駐車場の使用料収入が、引き続き被告会社の銀行口座に入金されるなどして被告会社が取得し、また、日本リソースからの三社に対する融資金の利息や各物件に課税される固定資産税も被告会社においてすべて支払っていた。特に、カズコーポレーションに売却されたはずの青葉台物件については、被告人ら家族が引き続き居住を続けていたが、カズコーポレーションとの間で賃貸借契約が締結されるなどとした形跡はまったく見当たらず、被告会社がその一階ないし三階を事務所として使用していた百人町物件についても、被告会社から買受先の富士プロジェクトに対して賃料が支払われたり、使用権限について新たな契約が締結された形跡はない。

その後、本件査察が開始された昭和六三年一〇月以降に至って、ようやく、被告人によって、前示の栗林らに対し、被告会社と富士プロジェクト、パイデアオーバーシーズ及びカズコーポレーション間の各経理処理を明確に区別して行うように指示された。

(2) パイデアオーバーシーズの昭和六三年一二月期の決算の状況等について

昭和六三年一〇月に被告会社に対する国税局の査察が開始されたところ、平成元年三月ころに至って、パイデアオーバーシーズの昭和六三年一二月期の決算及び法人税確定申告に際し、当時成城物件について売買代金の清算手続が未了であったことから、この点を正当化する必要が生じ、既に同物件については売買代金の支払期日を昭和六三年三月三〇日とする昭和六二年九月三〇日付売買契約書が存在するのに、楠本や被告人らによって、同物件の売買契約上代金の支払期日は昭和六三年六月末であること及び買主であるパイデアオーバーシーズの都合によりこれを決済できず、翌七月末までに決済するよう努力することなどを記載した被告会社宛の同月三日付差入書が作成された。そして、同差入書の内容に合わせるため、新たに、昭和六三年六月末を代金支払期日とする同年三月二八日付売買契約書が作成された。

以上1ないし5の事実、特に、(a)本件譲渡が一括して実行された時期、(b)各売買代金額が、結局は、専ら被告会社の当期の利益に見合う売却損を計上するために被告会社によって調整、決定されていること、(c)パイデアオーバーシーズ及びカズコーポレーションは、急遽、買受先として被告会社が探し出したものであり、その代表者である楠本や黒川は、真実の売買であれば最も重要な関心事であるはずの買受物件の選定や代金額の決定等に何ら関与しておらず、また、各社に対する日本リソースからの超過融資や超過分を被告会社へ還流することについても知らされていないこと、(d)買受先のうち富士プロジェクト及びパイデアオーバーシーズは、当時いずれも営業活動をしておらず、企業としての実体がなかったことが明らかであり、一方、カズコーポレーションは、企業としての実体は備えていたものの、被告会社との資本的人的関連は薄く、被告会社がことさらその所有不動産を著しい低額で譲渡して同社に利益を与えなければならないような特別の事情が何ら見当たらないこと、(e)売買契約書がないまま代金決済や登記手続が行われ、また、昭和六三年三月までに不動産担保融資の対象とならなかった七つの物件については代金決済を留保した状態のまま、先に登記手続が行われていること、(f)各売買契約書が、登記手続後数カ月を経てようやく作成されているが、その内容は、登記簿の内容と食い違う点があるのみならず、損益通算等の関係があったとはいえ、売買の日付などが場当たり的に操作されており、真実の売買がされたと考えるには全体的に極めて杜撰かつ恣意的な処理が行われているといわざるを得ず、例えば、パイデアオーバーシーズの関係では、査察開始後の平成元年三月に、成城物件についてのそれまでの売買物件とは異なる新たな契約書が作成されていること、(g)本件譲渡後も、各物件による売上や賃料収入等は被告会社が取得し、それぞれに課税される固定資産税の支払や日本リソースへの支払等を被告会社が行うなどしており、結局は、各物件の所有名義が形式上変更になっただけで実質的な権利関係は何ら変更されていないことなどの諸点を総合すると、本件譲渡は、真実の売買ではなく、いずれも多額の法人税を免れるために売却損を計上する目的でされた仮装行為であると認めるほかはない。

所論は、(1)本件譲渡に関し、各買受先に対する所有権移転登記手続、売買代金の決済、融資及び担保権設定等が行われた事実からすると、真実の売買が行われたことは明白であり、また、大塚税理士や日本リソースの関係者らを含め、関係当事者らの間で、本件譲渡が仮装行為であるとの了解や認識はなかった、(2)富士プロジェクト及びパイデアオーバーシーズが買い受けた物件の一部が、それぞれ第三者に有効に転売されているほか、カズコーポレーションが買い受けた物件について、同社の所有であることを認めた民事事件の確定判決書が存在し、かつ、同社所有名義の物件について滞納処分等がされており、これらも本件譲渡が真実の売買であることを示すものである、なとと主張している。

しかしながら、(1)については、所有権移転登記手続が往々にして実体を伴わずに行われることは公知の事実であり、また所論指摘の代金の決済、各買受先に対する融資及び抵当権の設定等も、結局は前示認定の経緯によるものに過ぎず、本件譲渡の仮装行為性と矛盾するものではない。さらに、本件譲渡に関する前示の客観的事実からすれば、その仮装行為性は明らかであり、関係当事者もその旨の認識を有していたと認めるのが相当である。この点に関し所論は、大塚税理士は、法人税確定申告後当局の調査が入り、交渉の末修正申告等をすることが予想されるという認識を有していたに止まるから、同税理士自身本件譲渡が仮装行為であるとの認識はなかったと主張し、同税理士の供述中にも、税務当局の対応について右のように考えていたのでいきなり国税局の査察が入って驚いたとするものがあるが、これは単に同税理士の知識や経験不足により、その税務当局の動きに対する見通しが極めて甘かったことを示すに過ぎず、所論の証左となるものではない。(2)については仮装行為によって作出された外観に基づいて、新たに法律行為等が積み重なることは当然ありうることであり(民法九四条二項参照)、所論指摘の転売等の事実が本件譲渡の仮装行為性と矛盾しないことは明らかである。また、弁論主義や処分権主義が支配する私人間の民事事件で言い渡された判決の内容が、本件と直接的な関連性を有するものとは考えられない。

結局、この点についての原判決の事実認定には、誤りはない。論旨は理由がない。

二  被告人の法人税ほ脱の故意等について

所論は、要するに、被告人は、昭和六三年三月期においてかなりの利益が見込まれたため、すでに値下がりしていた被告会社の在庫物件を富士プロジェクトに譲渡して含み損を現実化するとともに節税をしようと考えていたものであり、かかる同族会社間の不動産の低額譲渡が税務当局によって否認されるなどして、かえって多額の課税を招くことを危惧し、その点を大塚税理士に相談した結果、専門家の同税理士から低額譲渡は法的に問題はないし、自分が責任をもって処理する旨の明言を得たのでこれを信頼し、すべての税務会計処理を任せてその指導教示に従ったのであるから、被告人に法人税ほ脱の故意はなく、また、他の適法行為に出る期待可能性もなかった、というのである。

低額譲渡であってもそれが真に売買の意思に基づくものであれば、ほ脱とならないことは当然であるところ、本件譲渡の客観的な実態は、前記認定のとおりであり、その事実関係の主要な部分について被告人の認識に欠けるところはなかったと認められるのであるから、被告人に法人税ほ脱の故意が存したことは明らかというべきである。本件譲渡が真意に基づく売買であり、単に低額譲渡に伴う税法上の問題が生ずるに過ぎないと考えていたとする被告人の供述は、上述した客観的事情に照らし、とうてい信用することができない。また、被告人につき、期待可能性の不存在を問題とする余地はない。所論は採用することができない。

その他、所論が種々主張する点にかんがみ、証拠を調査検討しても、原判決に所論指摘の事実の誤認があるとは認められない。論旨は理由がない。

第二各控訴趣意中憲法違反の主張について

論旨は、要するに、本件において、主導的立場で譲渡損の計上による譲渡益の相殺を提言してそのための方策を助言し、さらに、価格決定から売買契約書の作成などの一連の行為を指揮し、税務処理一切を担当した大塚税理士に対しては、起訴はもとより、逮捕、勾留もされていないのに、同税理士に全幅の信頼を置いてその指導助言に従い、かつ、被告会社の税務会計処理の一切を委ねた被告人に対しては、逮捕、勾留のみならず、被告会社とともに起訴さえされているのは、憲法一四条一項に違反する恣意的、不平等な事件処理であり、本件公訴の提起は訴追裁量を著しく逸脱した違法無効なものであって、これを認めなかった原判決は憲法一四条一項に違反する、というのである。

なるほど、本件で大塚税理士が果たした役割は大きく、同税理士の存在によってはじめて本件の犯行が可能になったものと認められるほか、税務の専門家として納税義務の適正な実現を図ることを使命とする税理士法の理念を無視し、現実に報酬の支払まではなかったものの、本件脱税に手を貸すことによって相当多額の報酬を企図していたものと窺われることからすると、同税理士の責任は重大であり、この点は被告人の量刑に当たっても十分考慮されるべきである。しかしながら、被告人が本件で果たした役割は大きい上、そもそも被告会社は、本件における納税義務者であり、被告人は、その実質的経営者として、その法人税納税義務を誠実に履行すべき地位にあった者であって、これらの義務を負わない大塚税理士とは基本的な立場を異にすることが明らかである。本件公訴提起が憲法一四条一項に違反し、訴追裁量の範囲を逸脱した違法無効なものであるとはいえない。論旨は理由がない。

第三各控訴趣意中理由不備の主張について

論旨は、要するに、原判決は、本件譲渡を仮装行為であると認定しながら、他方で、(1)富士プロジェクト及びパイデアオーバーシーズに所有権移転登記が経由された四つの物件について、各社から第三者に転売された事実を認定し、(2)日本リソースから買受人である三社に融資が実行され、所有権移転登記が経由された各物件に日本リソースのために抵当権が設定された事実及び同融資金をもって各売買代金の清算が行われた事実を認定しているが、右(1)及び(2)の説示は、被告会社と買受先の三社間の売買がいずれも仮装されたものであるとの認定と矛盾しており、原判決には理由の齟齬がある、というのである。

しかしながら、原判決は、右(1)及び(2)の転売や抵当権設定行為等の有効性については何ら判断を示していないのであるから、その説示の間に矛盾があるとはいえない。また、いうまでもなく、通謀による仮装行為は私法上無効であるものの、仮装された外形について新たな利害関係を持った第三者との関係ではその無効を主張し得ない場合があり(民法九四条二項)、したがって、仮装行為の存在を前提にこれに基づいた新たな法律行為等の存在を認定することは何ら矛盾することではない。したがって、原判決に所論指摘の理由の齟齬はなく、論旨は理由がない。

第四各控訴趣意中訴訟手続の法令違反の主張について

論旨は、要するに、原審が(1)代官山物件に関する被告会社とカズコーポレーション間の売買が実際に行われた事実を立証するため、弁護人がした民事事件の判決書の証拠調べ請求を却下し、(2)杉山時矢の検察官に対する平成三年七月二三日付または同月二四日付供述調書に関する弁護人の証拠開示の申立てについて職権を発動しなかったのは、いずれも判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反にあたる、というのである。

しかしながら、(1)については、前示のとおり、弁論主義や処分権主義の支配する私人間の民事訴訟において裁判所の判断を示した判決書を本件とは直接の関連性がないとして取り調べなかったからといって、証拠の採否にあたっての合理的な裁量の範囲を逸脱したものとはいえない。また、(2)については、訴訟指揮権による個別的な証拠開示は、その具体的必要性等の判断は裁判所の合理的な裁量に委ねられているのであるから、所論指摘の杉山時矢の検察官調書が被告人及び被告会社側の防御のためとくに重要であるとは認めずに職権を発動しなかったとしても、裁量の範囲を逸脱したとは認められない。論旨はいずれも理由がない。

第五各控訴趣意中量刑不当の主張について

論旨は、要するに、被告会社を罰金九億円に、被告人を懲役四年にそれぞれ処した原判決の量刑は、重過ぎて不当である、というのである。

そこで検討するに、本件は、不動産の売買及びその仲介等を目的とする被告会社の代表取締役あるいは実質的経営者としてその業務全般を統括していた被告人が、被告会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、被告会社所有の不動産を簿価より低価格で売却したように装って架空の売却損を計上するなどの方法により所得を秘匿した上、被告会社の昭和六三年三月期における実際所得金額が四三億七一六四万八七一四円、課税土地譲渡利益金額が五〇億八二三七万九〇〇〇円であったのに、欠損金額が三七〇三万〇五三八円で、これに対する法人税額が零円である旨記載した虚偽過少の法人税確定申告書を所轄税務署長に提出してそのまま法定納期限を徒過させ、よって、正規の法人税額三二億〇〇三三万一二〇〇円の全額を免れた事案である。

右のとおり、単年度ながら、ほ脱額が三二億円余と極めて多額に上っており、ほ脱率も一〇〇パーセントと高率である。犯行の主たる動機は、結局、不動産取引によって被告会社が初めて上げた莫大な利益を保持するため、多額の納税を避けたいという利己的なものに過ぎず、酌量の余地に乏しい。所得秘匿の手段方法をみると、一部に稚拙な面があるものの、約五〇億円の土地譲渡利益金を一挙に消すために、短期間の内に、多数の関係者を動かして、一五の物件の売買を仮装するなどしており、強固な犯意に基づく大胆な犯行というべきである。現在でも、ほ脱にかかる法人税本税、重加算税等は一部しか納税されておらず、今後、これが完納される具体的な見込みはない。さらに、被告人については、不合理な弁解に終始するとともに、その手腕を信頼してすべての税務処理を任せた大塚税理士に責任の大半があると述べて自己の責任の転嫁や軽減を図るなど、本件に対して十分な反省の態度を示しているとはいえない。以上の諸点に徴すると、被告会社及び被告人の刑事責任は重い。

しかしながら、一方、被告人は、これまで前科前歴がなく、真面目な社会生活を営んできたことやその家庭の状況等の一般的情状のほか、前示のとおり、本件は大塚税理士の関与なしには実行できなかったものであるのに、同税理士が処罰を免れていることを考慮すると、被告人に対しては、いまだ刑の執行を猶予すべきものとは認められないものの、検察官の求刑どおりに懲役四年に処した原判決の量刑は、その刑期の点でいささか重過ぎて不当であるといわざるを得ない。論旨は右の限度で理由がある。

第六結論

一  刑訴法三九七条一項、三八一条により原判決中被告人に関する部分を破棄し、被告人に対し、同法四〇〇条ただし書に従い、さらに次のとおり判決する。

原判決の認定した事実に原判決と同一の法令を適用して被告人を懲役三年六月に処し、平成七年法律第九一号による改正前の刑法二一条を適用して原審における未決勾留日数中一八〇日を右刑に算入し、原審及び当審における訴訟費用は刑訴法一八一条一項本文により全部被告人に負担させることとする。当審における訴訟費用については、さらに同法一八二条により被告会社との連帯負担とする。

二  被告会社に対しては、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は同法一八一条一項本文、一八二条により全部被告会社及び被告人の連帯負担とする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 香城敏麿 裁判官 森眞樹 裁判官 林正彦)

別紙

物件一覧表

〈省略〉

控訴趣意書

被告人 株式会社富士エステートアンドプロパティ

同 堀口麗子

右の者に対する御庁平成五年(う)第四二四号法人税法違反被告事件につき、弁護人の控訴の趣意は、左記の通りである。

平成五年七月一二日

右主任弁護人 木下良平

弁護人 河本仁之

同 鈴木正捷

同 松田義之

東京高等裁判所第一刑事部 御中

第一、憲法違反

原判決には、憲法第一四条第一項の解釈適用に誤りがある。

もし仮に、被告人の所為が法人税法違反の罪を構成するとしても、被告人のみを起訴処罰することは、法の下における平等を保障した憲法第一四条第一項に違反するものである。

憲法第一四条第一項は、人格の価値が全ての人間について平等であり、合理的な理由なくして差別されないことが、個人の尊厳に立脚する民主的な社会を確立するための不可欠の要件としているものと解されるのであり、公訴権についてもその訴追裁量が法の下の平等に反する偏頗なものであってはならないことはいうまでもない。

ところで、本件においては、主導的立場で譲渡損による譲渡益の相殺を提言し、そのための方策を助言し、しいては価格決定から売買契約書の作成等までの一連の行為を指揮し、決算・税務申告をはじめ税務処理一切を行った実行行為者である税理士大塚雄二に対しては、起訴がなされなかったことはもとより、逮捕勾留さえもなされず、その責任については全く不問に付されている。

他面、大塚税理士に全幅の信頼をおき、同税理士の指導助言に従い、且つ同税理士に税務申告その他税務会計処理の一切を委ねた被告人に対しては、逮捕勾留にまで及び、被告会社と共に起訴に至り、さらにはこれに続く長期の勾留がなされているのである。

これは、憲法第一四条第一項に違反する恣意的な不平等な事件処理であり、本件公訴の提起は、訴追裁量を著しく逸脱した違法無効な公訴権の濫用というべきである。

しかるに、原判決は、「・・・大塚が税理士でありながら、不正行為としての売買仮装行為等に必要な書類作りや、虚偽の確定申告書作りなど本件脱税に加担した点は非難されるべきである。・・・」としながら、「大塚と被告人、被告会社とは納税義務者であるか否かの点で基本的に立場を異にし、且つ責任の程度も違っている。」として「本件起訴が憲法一四条、三一条に違反したり、起訴裁量権の範囲を脱税したり違法なものであるとはいまだ言えない。」旨判示しているのである。

しかしながら、本件事実関係を見るならば、本件の如き所為は、税務の専門家が関与しなければとうてい達成できるものではなく、本件不動産売買、決算及び税務申告の全てについてこれを適法行為として教示指導し、且つ主導的立場にあって自ら実行した税務専門家である大塚税理士が全く不問に付されているのに対し、専門家の教示指導に全幅の信頼をおき、これに従っただけに過ぎない被告人堀口麗子が長期間勾留を余儀なくされたうえ被告会社とともに何故起訴されぬばならないのか。その不当、不公平たるや何人の目にも明らかであると言わねばならない。

このように、税理士の職責の公益性及び大塚税理士が本件において果たした立場、役割及び責任を見るならば、同税理士を起訴することなく、被告人、被告会社を起訴したことが訴追裁量を逸脱した違法無効な公訴権の濫用に該ることは明らかであると言わねばならず、これを看過した原判決には憲法第一四条第一項の解釈適用に誤りが存するものである。

第二、原判決の理由齟齬について

一、原判決は、第二 裁判所の判断二において

「二 以上認定できる事実関係から判断すると、被告会社から三社への本件物件の売買は、形式及び実態のいずれからしても真実売買の意思に基づいた売買とは認められず、売買を仮装した行為に過ぎなく、それは税を免れる目的で売却損を計上するために行われたものと認められる。」

旨判示している。

二、しかるに、右に先立つ裁判所の判断一、17においては、

「17 富士プロジェクトやパイデアオーバーシーズに所有権移転登記がなされた本件物件について、被告人堀口は積極的に他に売却することを図り、その頃被告会社の登記簿上の代表取締役となっていた森園豊を督励して売却に当たらせ、その結果、平成二年一二月から翌三年三月にかけて本件物件のうち四物件の売却がなされた。・・・」

旨判示している。

即ち、右一、17の判示においては、被告会社と富士プロジェクト及びパイデアオーバーシーズ間の本件物件の売買がなされたことをもとより前提として、本件物件中の四物件については、被告会社よりの買受人である富士プロジェクト及びパイデアオーバーシーズより第三者に転売された事実を認定している。しかるに前記一の判示中においては、右事実関係を基にしながら、被告会社と右富士プロジェクト及びパイデアオーバーシーズ間の本件物件の売買を仮装売買と断じているのである。

前記一、17の判示によれば、本件物件中少なくとも転売がなされた四物件については、右両者より第三者への転売の事実を認定しているものであるから、被告会社と右両者間には売買がなされたものと当然判断しているのに拘らず、前者の二においては右後者の一、17の判示事実を含む「以上認定できる事実関係から判断」して仮装売買となしているのである。

これは、原判決の理由に明らかなくい違いがあるものというべく、到底破棄を免れないものと思料する次第である。

三、同様に第二 裁判所の判断一、13においては

「13 八物件については、被告会社から三社への所有権移転登記手続が行われるとともに、日本リソースから三社への融資金をもって売買代金の清算がなされ、・・・。又、八物件以外の本件物件については、・・・その後昭和六三年九・一〇月ころに、別紙物件一覧表〈6〉、〈11〉の物件を除いて、抵当権が設定されて日本リソースからの融資がなされ、その頃各売買代金の清算がなされていると推測される。」

旨判示している。

即ち、右判示によれば、日本リソースより買受人である三社に対する融資がなされ、且つこれに対する抵当権の設定がなされたこと、右融資金によって売買代金の清算がなされた事実を認定しているものである。

このように売買代金支払のための融資(貸付)とこれに対する抵当権の設定と売買代金の支払の事実を認めながら、一記載のとおりこれを仮装売買としているものである。

これは、原判決の理由に明らかなくい違いがあるものというべく、到底破棄を免れないと思料する次第である。

第三、訴訟手続の法令違反について

原審第一六回公判期日において、弁護人は、被告会社と株式会社カズコーポレーションとの間の本件不動産売買の事実を立証するため、東京地方裁判所昭和六三年(ワ)第三三三五号、同年(ワ)第七四〇九号土地持分移転登記請求事件の平成元年一二月二五日付判決書の取り調べを請求したが、右書面が証拠能力を有し、且つ本件につき重大な関連性を有するに拘らず、原審は右書面の取調請求を却下したものであるが、右は訴訟手続の法令違反に該り、且つこれが判決に影響を及ぼすべきことは明らかであるというべきである。

即ち、前記判決書は、原告、被告会社、参加人株式会社カズコーポレーション、被告朝倉ヒサ外四名間において、本件代官山の土地の所有権をめぐり争われた事案であるが、右判決中において、被告会社とカズコーポレーションとの間の売買契約により土地所有権が有効適法に被告会社よりカズコーポレーションに移転したことを認定しているものである。

そうであるとすれば、前記判決書の取調べによって、被告会社とカズコーポレーションとの間において、本件不動産の売買が実際に行われ、仮装売買ではないことが立証されることは明らかである。

前記判決書が刑事訴訟法第三二三条第三号の書面として証拠能力が認められることはもとより言うまでもないことであるが、右判決書につき証拠調べをなすことにより、前記会社間の本件不動産売買が実際に存在したことが立証されることになり、仮装売買ではないことが明らかになるものであって、従って無罪の判決がなされていたであろうことはもとよりであって、右書面の取調べ請求を却下した原審の決定が判決に影響を及ぼすべき訴訟手続きの法令違反に当てはまることは明らかである。

二、弁護人は平成四年一一月二七日、証拠開示の申立をなし、加えて同年一二月一七日右証拠開示申立の補充書を追加した。

右証拠開示は、「検察官作成の杉山時矢の平成三年七月二三日又は同月二四日付供述調書」の提出を求めるものである。

杉山時矢の当公判廷に提出されている検察官に対する各供述調書は、もともと杉山時矢が大塚税理士に対し、「脱税行為にならないのか。」との質問に対し右税理士が「脱税行為にならない。」と明言したため本件各所為を行ったとの一連の供述に基づくものであり、右質問応答を前提に右各供述調書が作成されているのである。

しかるに検察官は何らの理由も必要もないのに拘らず、杉山と大塚税理士との右質問応答の部分のみの供述調書を作成して他の供述記載部分と切り離したうえ右供述調書提出をしなかったのである。

杉山時矢の検察官に対する各供述調書は、右未提出の供述調書を前提とするものであり、従って前者のみの供述調書では実体的真実を明らかにすることができないことは明白である。

加えて、右杉山時矢が大塚税理士に質問し、右税理士が「脱税にならない。」と明言したことに端を発し、被告人堀口を含む本件事件関与者全てが本件行動に至ったものであり、被告人堀口及び被告会社には本件故意の欠缺を認定することができる有力な証拠であることも明らかである。

しかるに原審は右証拠開示の申立を何ら正当な理由もなく却下したものであって、右決定は判決に影響を及ぼすべき訴訟手続の法令違反に当てはまることは明らかである。

第四 事実誤認の主張-総論

原判決は、罪となるべき事実として、

被告会社株式会社富士エステートアンドプロパティ(以下、「被告会社」という。)は、東京都渋谷区丸山町一〇番八号(昭和六三年四月二二日以前は同都新宿区百人町一丁目一二番二号)に本店をおき、不動産の売買及びその仲介等を目的とする資本金一〇〇〇万円の株式会社であり、被告人堀口麗子(以下、「被告人堀口」という。)は、株式会社の代表取締役あるいは実質的経営者として被告会社の業務全般を統括していたものであるが、被告人堀口は、被告会社の業務に関し法人税を免れようと企て、被告会社所有の土地、建物を簿価より低価額で売却したかのように装って、架空の売却損を計上するなどの方法により所得を秘匿したうえ、昭和六二年四月一日から同六三年三月三一日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が四三億七一六四万八七一四円(別紙一の修正損益計算書参照)、課税土地譲渡利益金額が五〇億八二三七万九〇〇〇円であったにも拘らず、同六三年五月三一日、東京都渋谷区宇田川町一番三号所轄渋谷税務署において、同税務署長に対しその欠損金額が三七〇三万〇五三八円で、これに対する法人税額が零である旨の虚偽の法人税確定申告書(平成三年押第一〇八四号の1)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により被告会社の右事業年度における正規の法人税額三二億〇〇三三万一二〇〇円(別紙二の脱税額計算書参照)を免れたものである。

との事実を認定している。

しかしながら、原判決の右判断は、重大な事実の誤認をなしているものであり、これが判決に影響を及ぼすべきことは明らかである。

原判決における事実誤認の点は多岐にわたるものであるが、いずれも本件に対する偏見予断に囚われた結果、かかる誤認に陥るに至ったものである。

以下、まず原判決中、「弁護人の主張に対する判断」における第二「裁判所の判断」につき、事実誤認の点を順次指摘することとする。

一、原判決は、「(一)本件土地建物の譲渡が真実なされたものであること、(二)被告人堀口には法人税逋脱の認識はなく、脱税についての故意を欠くものであり、且つ脱税であると認識すべき期待可能性もなかったものである」との弁護人の主張に対し、「裁判所の判断」として、まず被告人堀口が低額譲渡を考えた契機より初めて、佐々木への相談と税理士紹介の依頼を経て大塚税理士と会合を持ち、同税理士に税務会計処理を依頼するに至った経緯と、これに続き買主三社との間の本件物件の売買契約の締結、履行状況についての事実関係を認定したうえで、「以上認定できる事実関係から判断すると、被告会社から三社への本件物件の売買は、形式及び実態のいずれからしても真実売買の意思に基づいた売買とは認められず、売買を仮装した行為に過ぎなく、それは税を免れる目的で売却損を計上するために行われたものと認められる。そして、被告人堀口は、大塚の言動から本件物件の売買が節税行為として許されるものと信じたようなことはなく、当初からそれが脱税のための不正行為に当たることを承知しながら、脱税の意図をもって大塚と謀り自らも関与して右の売買仮装行為を行ったものと認められる」と判示している。(原判決第二、一1乃至17及び二記録一三九丁乃至一五一丁)

ところで、原判決のなした事実誤認の各点を指摘するに先立ち、まず原判決が一体いかなる偏見予断を抱いたが為に、証拠を正しく評価せず、事実誤認に至ったものであるかその根源を検討する必要がある。

原判決においては、何よりもまず、「不動産業者による大規模、悪質な脱税事犯」との先入観があり、被告人堀口は税理士を使って自己の意図を遂行したとの考えからこれに反する証拠資料を全て排斥している。

しかるに、実際においては、大塚税理士が本件の決算、税務についての処理を自らが主導して行い、被告人堀口ら関係者はただひたすら大塚税理士の教示指導に従い同税理士に全てを委せたものなのであって、もし仮に本件において責任を問わるべき者がありとすれば、それは大塚税理士以外の者ではあり得ないのである。

原判決は、この点について全ては被告人堀口の発意と意図によるものと速断し、大塚税理士の果たした役割及び立場につき全くこれを看過している。

しかしながら、本件における一切の証拠資料を予断を交えず仔細に検討するならば、本件は全て大塚税理士の発案と構想に基づきその主導と指揮によってなされたものであることがおのずと明らかとなるものである。

ここで若干詳しく原判決の認定の骨子をなし、本件全体の構図をなしているものをみるならば、これを要するに被告人堀口は、当初より被告会社所有の不動産を低額譲渡することによって売却損の計上による脱税を目論んでいて、これに加担する税理士を捜していたところ、引き受けてくれる大塚税理士が見つかったので同人に低額譲渡の実行を依頼し、大塚税理士も脱税であることを承知しつつこれに加担して売却損の計上による赤字決算として申告し、脱税したとの全体像を描いていることが窺われるのである。

さればこそ、原判決は、前記の如く本件物件の売買は真実売買の意思に基づいた売買とは認められず、売買を仮装した行為に過ぎず、税を免れる目的で売却損を計上する為に行われたものと認め、且つ、被告人堀口においては当初からそれが脱税の為の不正行為に当たることを承知しながら、脱税の意図をもって大塚と謀り自らも関与して右の売買仮装行為を行ったとの認定に達するに至っているのである。(原判決第二、二記録一五一丁)

このように、原判決は、まず被告人が脱税を目論見、これに加担する税理士を探し求めたとの全く誤れる前提から出発して、以後も被告人が主導的立場にあったとの固定観念から本件の事実関係を判断しているものであって、その認定は予断偏見に囚われ、到底公正な判断と言い得ないものである。

なるほど一般論としては、通常の場合にあっては、客観的に逋脱行為とみられる行為に関与したとすれば、そのこと自体が関与した行為者につき故意なり違法性の意識があったことを推定させるということはあり得ることであり、その限りにおいては原判決の右説示も首肯し得るところがあるかもしれない。

しかしながら、かかる推定が全く働かないという特殊事情の存する場合にあっては、かかる一般論は不合理且つ経験則に反することとなることはいうまでもない。

本件においては、正に特殊事情として税務専門家である大塚税理士が適法行為であるとして本件決算及び税務申告を行ったものであり、かかる本件の具体的事実関係の下においては、先に述べた一般論としての推定がもはや働く余地がないのである。

原判決は、かかる特殊事情につき何ら顧慮することなく看過している。

しかるところ、本件証拠資料を仔細且つ丹念に検討してみるならば、そこには被告人堀口の故意乃至違法性の意識の存在を認めるに足る証拠は全く存せず、かえって全く故意もなければ違法性の意識など存しなかったことを窺わせるに十分というべきであり、原判決においては何ら証拠に基づくことなく故意を認めたという理由齟齬の違法が存することは明らかというべきである。

ところで、原判決の前記判示事実(原判決第二、1乃至17)の個々の点についてはさまざまな事実の誤認が存するが、この点は後に順次詳述することとして、最も根本的な誤認とみられるものは、右に述べた原判決が把える本件の全体の構図乃至全体像が、被告人堀口が主導し、大塚税理士を手足として使ったという全くの偏見予断に出ずるところの事実関係の曲解乃至誤認に基づくものなのであり、これがさまざまな事実誤認に導いた根源であり、原因であることを特に認識する必要が存する。

何よりもまず本件においては、被告人をはじめとして関係者一同において、脱税の意図なり確認は終始全く存しなかったということであり、これは、専門家である大塚税理士においても被告人らと全く同様であって、かかる意図認識が存しなかったという点に注目すべきなのである。

これは先入観を交えず虚心に本件の証拠資料を仔細且つ丹念に検討すればおのずと明らかになる点なのであるが、原審における如く被告人堀口は当初より脱税を目論んでいたとの先入観を抱き、かかる予断偏見に基づいて本件をみる時においては、これとは全く逆に前述の如き構図又は全体像となり、且つこれについて脱税の意図認識が存しなかったとの被告人及び弁護人の主張は、単なる弁解とも言い逃れともとられたものと考えられるのである。

しかしながら、本件の真実は、正に右に述べた通り被告人らにおいて脱税の意図認識は全く存しなかったという点に存するのである。

このことを明らかにする事実としては、まず何よりも被告人はどのような目的で知人の佐々木に税理士の紹介を依頼したのか、佐々木より紹介された大塚税理士の紹介を依頼したのか、佐々木より紹介された大塚税理士に何をどのように依頼したのか、これに対し大塚税理士としてはどのように対応し、且つ何を引き受けたのかという点を詳細に検討する必要が存するのであって、この点を見るならば、本件がもともと脱税事案などと目されるべきものではなく、単に同族乃至関係会社間の低額譲渡という脱税とは全く無縁且つ次元の異なる事案であることが明らかとなる。

即ち、この点の事実関係を要約するならば、被告人は同族会社間での低額譲渡が税法上可能であるか否かの判断を高度の識見と能力を有する専門家の税理士に仰ごうと考え、知人の佐々木にその紹介を依頼したところこれに応じて佐々木より大塚税理士を紹介され、同税理士を有能な専門家であると信じてこれに可否の判断を求めたのに対し、同税理士より当然可能であり税法上何ら問題がない旨の回答を得たため、同税理士に税務会計処理を依頼したところ、同税理士からむしろ進んで被告会社の税務会計処理に当たる旨応諾がなされたのであって、以後これにより大塚税理士の主導と教示のもとに売買契約の締結、履行、会計処理、税務申告という一連の手続きがなされたものなのであり、そこにはもとより被告人より脱税を依頼したこともなければ、又、大塚税理士においても脱税を企図して自ら前記一連の手続きを進めたものではない。

被告人としては、もとより税法に疎い素人であり、従前の関与税理士は頼りにならないので、より有能な専門家にまずかかる方法が可能であるか否かを判断してもらい、もしこれが可能であるとすれば決算と税務申告を依頼するという考えだったのである。

このように、何よりも本件の発端は、被告人としては同族会社間での低額譲渡が税法上可能であるか否か問題があるのかどうかを専門家に訊ね、専門的判断を仰ぐことから始まったものであって、被告人堀口において右の如き処理をなすことを目論見、あくまでもこれに固執して貫徹するつもりなどなかったのである。

従ってもし大塚税理士において、当初の被告人堀口よりの依頼に対し本件の如き税務処理が許されるとさえしなければ、そもそも起こり得る筈がなかったことは言うまでもない。

しかも、右経過の全体を通じ、被告人を初めとする被告会社関係者及び大塚税理士の全員において、その専らの関心事は同族会社間の低額譲渡による行為計算の否認がなされるか否かという点であって、脱税に当たるか否かなど全く意識の外にあったものなのである。

以上述べたことを端的に示すものとしてその一例を挙げてみるとすれば、大塚税理士は当初より「取得原価より安く売却して譲渡損を計上すれば譲渡益と相殺可能であり、譲渡益と譲渡損が同一金額ならば課税は生じない。」(大塚証言 記録八二丁裏乃至八三丁表)趣旨の発言をなす一方において、終始一貫して「脱税という言葉は使っていない」(大塚証言 記録八四丁表)ものであり、もとより同税理士としては「当初は告発までは考えていなかったです。」(以上大塚証言 記録一〇四丁)というのが事実であり、しかも大塚税理士としては「この本件の税務申告の最終の落ち着き先としますと、・・・税務調査がまず入るだろう、・・・それに対して折衝をするとその折衝の結果、ある程度の修正がなされる、あるいは更正がくる、それに応じて言われた税金を納める、こういうことで収まるだろうと、こういう見通し、認識でいた。」(大塚証言 記録九二丁)ものなのであって、これが大塚税理士の当時における真の認識であり、且つ又これを告げられた関係者一同の認識でもあったとみることができるのである。

右の一例より窺い知れる如く、そこには同族会社間の行為計算の否認の可否の問題は存するにせよ、脱税の依頼もなければそれへの加担もなく、又脱税の意図なり認識なりも全く存在する余地がなかったこともこれまた明白であると言わねばならない。

ところがこれに反し原審においては、当初よりの計画的な脱税の目論見という予断偏見を抱いたが為、右の如き事実関係及びこれを裏づける証拠を全く無視しあるいはことさら等閑視し、ただひたすら被告人は当初より脱税を企図し、大塚税理士も脱税の手段となることを承知してこれに加担したとの事実を認定するに至ったものであり、これがひいては本件をもって被告人による計画的且つ悪質な脱税の目論見とその実行として税理士を探し、これに依頼したという根本的に誤れる構図を描くに至っているのである。しかしながら、被告人が脱税を企図し、大塚税理士も脱税の手段となることを承知してこれに荷担したことを証明する証拠など全く存しない。

ちなみに、かかる原判決の誤認に導くに当たって大きな要素となったものは、原審における大塚証言が自己の刑事責任を免れる為、その責任を被告人堀口に転嫁するような証言をなし、更には、刑事訴追を猶予した検察官に迎合し、ことさら被告人堀口の刑事責任を認めるかの如き証言をなしたことによるものであることが窺われるのである。

以下、原判決の判示する事実がいかに証拠に基づかず、あるいはことさら証拠を無視して認定された誤れるものであるかについて判示認定事実の順序に従って逐次詳細に検討することとする。

第二、認定事実の検討

一、原判決第二 裁判所の判断一1乃至17につき、逐次検討することとする。

1について

被告人が低額譲渡を考えるようになったのは、当時被告人が関与した盛岡の土地の売買について、売主である大手不動産会社が当期多額の利益が見込まれていたところ、在庫商品を処分するにあたりその所有土地を廉価で売却し譲渡損で利益を相殺した事例を見聞したことからであったが、それは原判決の認めるところの単に被告会社の課税額の低減を図るということの為だけではなく、むしろその頃から土地価格が既に値下がりをし、あるいは値下がり必至と予想した被告人が、被告会社所有の土地建設中、資産を残し商品は販売しようとしたところ、被告会社には風俗営業のホテルがあり、右の被告人の意図を実現できない状況であった。そこで被告人はこれから本格的に活動しようとして本社ビルを建設中の富士プロジェクトに右土地建物の資産のみを移し、商品を販売し、目的後には被告会社ごと風俗営業のホテルを売却してしまおうと企図したのである。

即ち、被告会社所有の土地建物を低額譲渡することによって、渋谷区丸山町にある風俗営業のホテル(これは被告会社ごと売却する予定であった。)以外の資産を株式会社富士プロジェクトに移転し、右富士プロジェクトにおいて賃料を生み出す資産としての不動産は保有し、売却益のみ期待し得る商品としての不動産は売却しようとしたものである(被告人堀口の公判廷供述記録五九七丁、五九八丁、検事調書記録六七七丁、六七八丁)。

被告人は、右企画の試行錯誤の段階において、低額譲渡における税金の問題が生ずることは当然のことであり、その際被告会社の顧問税理士たる浅沼税理士に相談したのは当然の事理のことであり、税金が安くとの節税の方法も問い合わせることはこれまた当然であった。

しかるに原審は、節税そのものの相談等を予断と偏見に基づき脱税の相談と曲解しているのである。

かように会社経営者として被告人は節税対策等を税理士に相談していたものであり、加えて、低額譲渡については、右浅沼税理士からはかばかしい返事を得られぬがため思いついた方法ではないのであって、原審の右認定は誤りである。

2及び3について

被告人が佐々木及び浅沼税理士に相談し、その結果、被告人としては佐々木に新しい税理士を紹介してくれるよう依頼したい事実は原判決の認める通りであるが、右税理士紹介の依頼をなした理由は、単に原判決のいう浅沼税理士が「・・・税金を納めても利益の二割は残るとして、譲渡損を出して利益を消すことに消極的な態度を示した。」ことだけからではなく、次の如き理由によるものである。

即ち、被告人としては、かねてより浅沼税理士の謙虚な人柄と過度に控えめな態度については人間的には好意を寄せていても、同税理士の税務上の知識、力量については重きをおくことがなかった。又、浅沼税理士自身も「能力がないから、余り資産税、時間ばかりかかって・・・なかなか資産税というのは相当詳しくないと今、税法も変わってばかりいますから、やっぱりそういう専門の方いるんです。」(浅沼証言 記録四四二丁裏、四四三丁表)と証言し、自ら資産税の実務に疎いことを自認し、自ら被告人に、「有能な税理士がいたら探して」と頼んでいた程なのである。(被告人堀口の供述記録五九九丁)

そして、被告人よりの相談に対しても、「安く売ってはもったいない」とか、税務専門家としては明確を欠き、且つ納得できる理由も何ら示すことがなかったのである。(被告人堀口の供述記録五九八丁、五九九丁・検事調書七一九丁ないし七二一丁)

その為、被告人としては、かかる問題は浅沼税理士の能力を超えるものであると考え、そこでより高度の識見と能力を有する専門家、特に浅沼税理士が不得手と自認している資産税即ち不動産の税務に堪能な税理士の意見を聞こうと考え、公私ともに相談相手である佐々木に有能練達の税理士の紹介を依頼したという経緯と理由とに基づくものなのである。(被告人堀口の供述記録五九九丁、六〇〇丁、検事調書七二二丁乃至七二三丁)

このように、被告人が佐々木に対し税理士の斡旋を依頼した真意は、正に資産税の分野に精通し、専門家としての的確な判断を下せる有能な税理士を紹介して欲しいということの一言につきるものであって、原判決が言外に述べる如き脱税に加担する税理士を捜して欲しいなどというものではない。

又、昭和六二年五月一八日付日本経済新聞については被告人には余り記憶がないようであるが、右の頃被告人及び佐々木との間で低額譲渡の方策が話し合われたことが推認されるうえ、右記事については「低額譲渡は税務上は無効」としているもので、被告人が考えている意図とは正に正反対の記事である。かかる記事を大塚税理士に提示していることは、被告人佐々木を含む本事件関係者には脱税の故意そのものがない明白な証拠であると言える。

4について

佐々木が大塚税理士に昭和六三年三月初め頃、前記新聞記事を渡し、被告人より相談を受けた件についての検討を求めたことは原判決の認めるとおりである。

そして、大塚税理士としては、佐々木から渡された日経新聞の記事を検討した結果、佐々木に対し、「正当な取引で譲渡損を計上するならば、事前に発生している譲渡益と今期計上される譲渡益とは相殺可能です、と」佐々木に伝えているのである。(大塚証言 記録七六丁、七七丁)

次に同月一一日、佐々木が大塚税理士を被告人に引き合わせ、右三名と島津氏も加わった四名で会食したことは原判決の認める通りであるが、その席上での被告人及び佐々木の発言及び大塚税理士の答についての原判決の認定は事実に反する。

右会食は酒席でもあり、しかも大塚税理士は佐々木より相談の用件は既に知っていることでもあったので、ことさら原判決の認めるように被告人及び大塚税理士の発言などなされる筈がなく、ただ単に被告人からは、「よろしくお願いします。」との会社の税務会計処理の依頼をなしたのに対し、大塚税理士からは進んで引き受ける旨の応諾の答がなされたに止まるのである。(大塚証言 記録七八丁、七九丁)

仮に原判決認定の発言があったとしても、右発言から脱税を依頼し、脱税処理を引き受けたことにはならないことは明らかである。しかるに原判決は右発言(大塚税理士のみの証言)をとり入れるのは前述した如くの原審における予断と偏見のなせることである。

このように、大塚税理士は佐々木より紹介をうけて被告人と面談し、被告会社の税務会計処理の委任をうけ、これを引き受けるに至ったものである。

5について

被告人が栗林の作成した一覧表を杉山に交付して値段付けをするよう依頼したこと、杉山が物件に値段をつけたことは原判決の認める通りであるが、被告人が杉山に対し、「被告会社に五〇億円の利益が出ているので、株式会社富士プロジェクトに損を出して売ることにして五〇億円の利益を消し、税金を納めなくて済むようにしたい。」旨述べたこと、「五〇億円の譲渡損が出るよう値段付けをするよう指示したこと及び杉山は被告人堀口の指示に従い五〇億円の譲渡損が出るよう・・・値段を付けた。」とする、原判決の認定はいずれも事実に反する。

本件不動産の売買価格につき、ただ単に売却利益を消す目的であれば、不動産取引のプロたる杉山時矢に価格決定を委ねる必要もなかったのである。

杉山時矢は大塚税理士の脱税にはならないとの言葉を得たうえ、同族会社又は関係会社が買受け会社となり、右買受け会社が二年間保有し、保有後売却した場合に利益が残るようにと考えて価格決定をしたものであって、杉山としては、あくまでも当時における適正な時価により値段をつけたものである(杉山証言 記録一五三丁、一五四丁)

6について

原判決認定の通りである。

7について

被告人が大塚税理士より助言を受け、譲渡先として適当な会社を探すこととなったこと、楠本がパイデアオーバーシーズを所有していたことは原判決の認める通りであるが、被告人が楠本に対し、「・・・名義を貸して欲しい。」旨述べたとの点についての原判決の認定は事実に反する。

被告人及び楠本としては、あくまでも右会社を物件の譲渡先として考えこれに譲渡したものであり、単に名義上のものではない。

8について

昭和六三年三月一六日、日本リソースにおいて会議が開かれたことは原判決の認定する通りであるが、右会議の経過及び発言内容についての原判決の認定は全て事実に反するものである。

右会議の経過及び内容は次の通りである。

右会議は、ほとんど大塚税理士の主導のもとに進行し、大塚税理士より、「被告会社の土地建物を他へ安く売って譲渡損を出し利益を消す為には、富士エステートと富士プロジェクトは同族会社だから譲渡損を出す以上、土地建物の全部を富士プロジェクトに売るのではなく、他の会社にも分けて売る必要がある。」旨の説明があり、「このようにすれば税法上問題はない。」との明言がなされた。

大塚税理士よりは、更に、「(売買物件の価額が)安かった、高かったは税務署との話し合いだから、それは私の方が責任をもって、これから今後もやってあげますから、もし安ければ修正すればいいんだから」との説明がなされたのであった。

大塚税理士の右説明を皮切りに、売却物件リストに基づき売却する物件の選別、売却価格等について話し合いがなされ、売り先の決定もなされたものである。

右売り先の決定については、大塚税理士としては三つの原則を挙げているものである。即ち、売買当事者会社の代表が共通であったり、持株が過半数以上であったりすると同族会社と扱われ否認される恐れがでること、売買契約書は必ず作成すること、移転登記もしなければならない旨注意をしているものである。

しかしながら、原判決が認定した右の会議においては浅沼税理士が、「・・・こんなことをしたら脱税になると思った。」ことなどない。浅沼税理士は大塚税理士の説明に何ら異を唱えるところなく、むしろこれに助言する旨述べているのである。

又、杉山も「大丈夫かなと思った。」ことはあったにしても、同人としては「脱税になるのではないか。」と率直に大塚税理士にこの点を訊ねたところ、同税理士より「商取引であるので問題ない。」旨明快な説明を受けて納得しているものである。

又、大塚税理士が「自らは被告会社における低額譲渡は脱税行為であると思い、うまくいく保証はないことを強調した。」とか「脱税の手段になることを承知しつつ低額譲渡の実行に加担することを決意した。」ことなど全く事実に反する。

大塚税理士が「低額譲渡を脱税行為であると思った。」あるいは「脱税の手段になることを承知していた。」ことが全くあり得ないことであったことについては、後に詳述することとする。又、「うまく行く保証はないことを強調した。」ことなど、単なる責任回避の言辞であって、右会議における大塚税理士の説明に全く反しあり得ざることである。

9 原判決認定のとおりである。

10 一六日の会議後、何度か会議がもたれ、低額譲渡の対象とする各物件の取得原価の確認や売却価格の相談がなされ、更には、当期中に移転登記をし売買契約書も作ること、売買当事者の双方の会社の代表取締役が共通でないことなど同族会社としての扱いを受けずに税務当局によって認容され易いよう配慮することなどが話し合われたこと、富士プロジェクト及びパイデアオーバーシーズの他に、もう一つの譲渡先が探されたが、買収できずに終わったことは原判決認定のとおりである。

しかしながら、杉山が黒川に依頼した内容についての原判決の認定は事実に反する。

次いで、譲渡先として三社が決まったことは原判決認定のとおりであるが、低額譲渡の対象となる物件の選別、三社への振り分け、譲渡価額の決定及び日本リソースより三社への超過融資の点については事実の誤認である。

この点については後述する。

11 本件物件が三社への低額譲渡の対象とされ、それぞれ被告会社から三社への所有権移転登記手続きが行われ売買契約書が作成されたこと、及び被告会社の代表者と譲渡先会社の代表者は同一でない方が良いとの見解(これは大塚税理士の見解である)に従い、昭和六三年四月一日、被告会社の代表者が同年三月七日に被告人堀口から杉山に変更している旨の登記手続が行われたことは、いずれも原判決認定のとおりである。

ところが、原判決は、(一)乃至(六)において、各売買内容には特異な点が見られると指摘するが、この点は同族乃至関係会社間の取引にはしばしば見られるところであり、何らことさら特異なものとは言えない。

(一) 本件一五物件中一四物件について、それぞれ売買を原因とする被告会社から三社への所有権移転登記の手続が行われていること、そのうち九物件については同年三月二八日から同月三〇日までの売買が原因とされていること、五物件についてはその売買が昭和六二年九月二〇日と日付けを遡らせていること、残りの一物件及び丸山町の各物件についての所有権移転登記の経由は原判決の認定の通りである。

しかしながら、売買日付の遡及及び所有権移転登記の手続は全て大塚税理士が独自に実行したものであり、被告人堀口らは何らこれに関与してないのであって、原判決の犯罪事実認定の根拠とならないことは明らかである。

(二) 昭和六三年三月末に本件各物件について、所有権移転登記手続が行われるまでに被告会社と三社との間の売買契約書は作成されていなかったことは原判決認定のとおりであるが、「被告会社及び三社の各代表者間で明確に売買意思の確認・交換が行われたような事跡がない。」との点は事実の誤認である。

三社は、被告会社と同族会社乃至関係会社という関係にあり、被告会社の実質上のオーナーである被告人堀口は三社のうち富士プロジェクトの代表者であり、パイデアオーバーシーズの実質上のパトロンも被告人堀口であり、更にカズコーポレーションは杉山が代理人としてそれぞれ売買意思の確認・交換を明確になしている。

本件各物件の売買契約書が登記手続後作成され、売買日付を登記手続前の日付に遡らせたことは原判決認定のとおりであるが、これは売買契約書案の作成に当った大塚税理士がその作成を怠ったがためにほかならない。

加えて、同族会社間の取引、仲間うちの会社における取引においては売買契約書自体遅れて作成されることがあることも常態である。

(三) 本件各物件の売買価格については、日本リソースから融資を受ける対象となっている八物件を含め、全て所有権移転登記手続前に決まっている(右八物件について売買価格が決まっていることは原判決も認めている。)ものであり、更に八物件以外の価格の決定の経緯についての原判決の判断は事実を誤認している。

本件各物件の売買価格の決定については、所有権移転登記手続前の会議において確定しているものであり、直ちに登記手続や売買契約書作成の事務を自ら引き受けた大塚税理士が独断でこれを変更決定して契約書作成及び決算をなしたに過ぎない。

(四) 本件各物件の売買価格、その被告会社における簿価、融資の為の評価額及び融資額及び簿価と比較した売却損が別紙物件一覧表のとおりであることは原判決認定のとおりである。

しかしながら、売買価格が簿価を下回っているのは売買時における時価が既に購入時の時価より著しく下回っている為であり、従って簿価と比較した売却損が発生することもこれ又当然である。この点については「売買代金の決定」として後に詳述する。

又、融資評価額乃至融資額と売買価格との較差については、日本リソースにおいて八二億円にも達する多額の融資を希望し、これを実現する為、ことさら時価を上回る最上限の評価をなしたが為である。この点については「融資評価額と時価(売却代金)」として後に詳述する。

(五) 売買契約書の作成における契約日の遡及、代表者名の誤記等は全て大塚税理士が独断で行い且つ杜撰な処理をなしたが為である。

(六) 本件物件の権利証(登記済証)がパイデアオーバーシーズやカズコーポレーションのいずれに渡されておらず、被告会社において保管したままになっていたことや、収入を被告会社で取得していたこと及び借入金利息や固定資産税の支払等については、これら両社が買入れた不動産の管理業務一切を被告会社でなす旨の合意によるものであって、何ら異とするに足りない。

同族会社乃至関係会社間においては、しばしば見受けられる事柄である。

12 大塚税理士が昭和六三年五月三一日、渋谷税務署に被告会社の確定申告書を提出したことは原判決認定のとおりであるが、「被告人堀口にも赤字決算になったことを告げてその了承を得た。」との点は、全くの事実誤認である。

大塚税理士は確定申告書を自ら作成したうえ、被告会社の女性事務員に命じて代表者印を出させこれを押捺して提出したものであって、提出前に被告人堀口にこれを示したこともなければ赤字決算になったことを告げたこともない。

大塚税理士は、確定申告書提出後においてようやく被告人堀口に赤字決算であることを告げ、これに驚いた被告人堀口より抗議を受けているのである。

被告人堀口及び被告会社としては、被告会社の決算が赤字であれば今後の金融機関に対する対応等種々の弊害が生じるため、これまでも赤字決算になることだけは回避してきたのであって、事前に大塚税理士より赤字決算になる旨の説明があれば断固拒否した筈である。

原判決のいう「被告人堀口にも赤字決算になったことを告げてその了承を得た。」など全く証拠に基づかない独断であるに過ぎない。

13 原判決認定のとおりである。

14 原判決認定のとおりである。

しかしなら、右は大塚税理士自身の独自の指示によるものであって、もとより被告人堀口の関知するところではない。

15 昭和六三年一〇月に被告会社に国税局の査察が入ったことは原判決認定のとおりである。

平成元年三月頃、パイデアオーバーシーズにおいて日付を昭和六三年七月三日に遡らせた書面及び被告会社との間の売買契約書が作成されたことについては、パイデアオーバーシーズの決算書類の作成を依頼した伊藤満邦税理士が確定申告書提出に際し、決算書類作成上、売買代金の決算が未了であったことから、同税理士より差入届等を作成した方が良いとのアドバイスを受け作成されたものであって証拠湮滅の意図など全くなかったのである。

しかも右差入書等を作成した時期は、決算期である昭和六三年一二月から平成元年三月頃までのことであり、国税庁の査察により既に売買契約書等全ての証拠物件を押収されていた後のことであって、如何に被告人堀口が抜けていたとはいえ、証拠湮滅することなど考えも及ばぬことである。

パイデアオーバーシーズのための決算に必要とのアドバイスで作成された書類等を、我田引水の如く証拠湮滅のための作成であると認定した原判決は、全く偏見と予断に基づいたものである。(記録三六九丁、三七〇丁)

16 平成元年九月に楠本が大塚税理士と会ったことは、原判決認定のとおりであるが、楠本が話しをもちかけたとの点は、事実の誤認である。

楠本としては、査察を受けるに至った責任は全て大塚税理士の指導と教示とに帰因するものであり、その責任を取ってもらいたいとの意味で「堀口の代わりに大塚税理士が刑事上の責任を負うべきだ。」との趣旨を述べたものに過ぎないし、もともと被告人堀口としては、楠本と大塚税理士との右の会話について全く関与していないのである。

17 富士プロジェクトやパイデアオーバーシーズに所有権移転登記がなされた本件物件について、平成二年一二月から翌三年三月にかけて本件物件のうち四物件の売却がなされたこと、それら物件の売買価格は被告会社から右両社への売却価格よりいずれも二億二〇〇〇万円から三億五〇〇〇万円程高くなっていたことは原判決認定のとおりである。

しかしながら、右四物件の売却は、正に被告会社から富士プロジェクト及びパイデアオーバーシーズへの売買が真実なされたものであるからこそ、右二社より第三者に売却し得たものなのである。

又、右第三者への売買価格が被告会社よりの売却価格より高くなっていることもこれ又当然のことであり、何ら異とするに足りない。かえってこの事は被告会社よりの売却価格が適正妥当であったことを示すものというべきである。

更に又、右両社より第三者への売買には右両社のものは何ら関与することがなかったとの点は全くの誤認である。

富士プロジェクトの代表者は被告人堀口であり、自らも売買に当事者として関与したことは言うまでもないところであり、又パイデアオーバーシーズについても自ら実質上のオーナーとして関与したものであり、富士プロジェクトやパイデアオーバーシーズは被告会社の子会社又は関連会社というべきものであって、原判決が摘示する「これらの売買には、右両社の者は何ら関与することがなかった。」との判示は全く不合理且つ不自然なものである。

原判決が指摘する「右両社の者」とは誰を指すのであろうか。同族又は関連企業である以上被告会社の関係者しかいないのである。

原判決の認定は全くの誤りである。

以上において、原判決第二裁判所の判断一1乃至17につき検討を加えてきた。

これによって明らかなとおり、原判決の事実誤認は正に枚挙に暇ないといっても過言ではない。

三、証拠に基づく本件の事実関係の実相

就中原判決が事実誤認に導かれるに至ったそもそもの出発点としては、被告人堀口の大塚税理士への依頼の趣旨と同税理士がこれに応じて被告会社の決算申告を引き受けた時の同税理士の認識及びこれに基づく教示指導の内容において根本的な判断の誤りを犯していることが挙げられるのである。

大塚税理士自身、低額譲渡による譲渡損の発生による処理については、税法上適法であると確信し、かかる確信のうえに立って被告人堀口ら被告会社関係者に教示指導し、且つその後の売買取引の実行、契約書等の作成、決算処理、確定申告も全て自ら主導して実行に当たっているものなのであって、さればこそ被告人堀口を初め被告会社関係者一同も全員大塚税理士の税法上適法との見解に従ったものであり、かかる事実を看過し、あるいはことさら無視した原判決の事実認定は重大且つ根本的な欠陥を有している

以下においては、原審における取り調べられた証拠に基づき

1、大塚税理士に対する被告人堀口の依頼の経緯及び趣旨と大塚税理士が右依頼に応じて被告会社の決算及び確定申告を引き受けた状況について

2、以後における大塚税理士の指導及び処理の方針と実行について

3、大塚税理士において逋脱の認識が存しなかったことについて

4、被告人堀口として、税法上許されるものと信じたことにつき、相当の理由が存することについて-全て大塚税理士の教示指導に従っている。

5、税務専門家の指導教示と故意の欠缺について

6、売買が実際になされたこと

の順に検討することとする。

これによって、いかに原判決の認定が証拠に基づかず、あるいは証拠の評価及びその取捨選択を誤り、そのために真実に反する事実の誤認をなすに至ったかを明らかにしたい。

1、大塚税理士に対する被告人堀口の依頼の経緯及び趣旨と大塚税理士が右依頼に応じて被告会社の決算及び確定申告を引き受けた状況について

この点に関する事実関係については、前記二、第二、一、1乃至4における原判決の検討中において述べたところであり、これをまとめて要点のみ述べることとする。

被告人堀口としては、当初より同族会社間における低額譲渡が税法上可能であるかどうかの判断を浅沼税理士より高度な知識経験を有する資産税専門の税理士に求めたいと考え、知人で相談相手の佐々木秀男にその趣旨を告げ紹介を依頼したところ、右依頼に応えて佐々木より紹介された大塚税理士から右のような税務上の処理は可能であり問題がないとの回答を得たので、そこで同税理士に被告会社の税務会計処理と申告を依頼したということにつきるのである。

この点に関する証人佐々木秀男の証言を見るならば、

問 じゃ、聞き直します。非常に安く不動産を売り買いした事例があるけれども、富士エステートアンドプロパティは、富士プロジェクトという会社に売るんですよね、近しい会社ですよね、そういう点で税務上問題が起きると困るから、この点について誰か勉強している人、研究している人を紹介してくれないかということの相談が、事前にあったんじゃないですか。

答 そうです。

問 たまたまこの資料が見つかって、これを確認のために示したのと違うんですか。

答 そうです。

問 堀口麗子から有能な勉強している税理士さんを紹介してくれ、という相談を受けていたことありますか。

答 ございます。

問 それに伴って、大塚税理士さんを紹介したんですね。

答 そうです。(記録四七五丁)

問 大塚税理士さんにどういう頼み方をしたんですか。

答 ・・・こんな新聞の記事もありますし、それから税務会計等について堀口さんそれほどお詳しくないし、私もそうですから、だから多少の利益が見込めるような感じがするんだけれども、一つこういうことも踏まえて決算を見てやってくれないだろうか、という言い方をしたんだと思いますよ。

問 低額譲渡をして、それで決算をするんだということの説明をしましたか。

答 いや、そこまで具体的にしてませんね。

問 先程示した資料4ですね、これいつごろ大塚税理士に示しましたか。

答 六三年の富士エステートアンドプロパティの決算の前だと思いますよ。

問 この新聞記事は、大塚税理士を堀口麗子に会わせる以前に大塚税理士に示していますか。

答 そうです、その前です。

問 前に大塚税理士に示したわけですね。

答 はい。

問 これについて証人は、大塚税理士から問題ないんだという説明を受けたんですか。

答 受けましたね。

問 だから堀口麗子に会わしたんですね。

答 そうです。

問 具体的に言いますと、同族会社、グループ会社に低額譲渡しても問題はないんだという説明を受けたんですね。

答 受けました。(記録四七六丁)

又、更に佐々木証人は、被告人堀口よりの依頼の趣旨につき、次のとおり証言している。

問 同族会社だからどうだというんですか、堀口さんは。

答 そんなことは出来ますか、ということですね。

問 出来ますか、ということをあなたに聞いてもしょうがないでしょう。

答 だから私がご説明を出来ないから、だから大塚税理士にご紹介したわけですから。

問 出来るか出来ないかを的確に判断出来る税理士さんを紹介してくれと、こういうことですか。

答 そうです。(記録四九六丁)

ということが、被告人堀口が佐々木を通じて大塚税理士を紹介され、同人に税務会計処理と申告を依頼した経過なのである。

したがって、もとよりそこには被告人堀口より大塚税理士に対する脱税の依頼など存する余地がなかったことは言うまでもない。

次に、大塚税理士が右依頼に応じて税務会計処理を引き受けたとき述べた見解なり同人の認識については、同人の次の各証言より明らかである。

問 それについては、どういうふうにお考えになりましたか。

答 前提はあくまでも譲渡益と譲渡損の相殺にありましたから、従って、譲渡損の計上が正当に計上できれば譲渡益と相殺できます。それは税法の法文に載ってますんで。

問 あなたが検討した結果は、佐々木さんにはどういうふうにお伝えになったんでしょうか。

答 正当な取引で譲渡損を計上するんならば、事前に発生してる譲渡益と今期計上される譲渡損とは相殺可能です、と。

問 そういうふうにお話になったんですね。

答 (うなずく)(大塚証言 記録七七丁)

以上の大塚証言によれば、大塚税理士は被告人堀口に対し、佐々木を通じて取得原価より安く売却して譲渡損を出し、これと譲渡益と相殺すれば収益は発生しない旨明言し、かかる会計上の処理方針は税法上許されるとしているのである。

以上より見るならば、被告人堀口より大塚税理士に対する脱税の依頼などあり得る筈がなかったし、又大塚税理士自身においても脱税に加担するなどとの認識も存しなかったものであることは明らかと言わねばならない。

2、以後における大塚税理士の指導及び処理の方針と実行について

この点については、前記二、第二、一の8における検討中において述べたところであるが、更に詳しく検討することとする。

まず、日本リソースでの会議の席上において大塚税理士は次のように述べ、主導的且つ積極的に会議を進行させているのである。

即ち、佐々木証人によれば、大塚税理士は席上において、

問 第一回から始まったわけですけれども、大塚税理士と同席していて大塚税理士の会議における発言なりやり取りですね、それであなたの特に印象に残っているというふうなところが何かございますか。例えば富士エステート所有の不動産を原価割れで低額譲渡することについての何か話ということで、特に印象に残っているようなことがございますでしょうか。

答 会議というよりも大塚さんが非常にご熱心にいろんなことをご説明されてましたね。

問 いろんなことというとちょっと二、三あげて・・・。

答 要するに不動産の売買とか、あるいはどの物件をどこにとか、あるいはどの会社にとかいう話はございましたね(記録四八一丁裏、四八二丁表)。

というように、自ら進んで処理方針を説明しているものである。

しかして、右の処理の基本方針としては、大塚証人が自ら述べるとおり

問 ところで、今の日本リソースでの第一回会合のことですけどね。あなたは結局のところ、取得原価より安く売却して譲渡損をつくると、それで譲渡益と相殺して、譲渡益と譲渡損が同一金額であれば課税関係は生じない、というふうなことをおっしゃってますね。

答 はい。

問 これは、誰が言ったことなんですか。

答 それは私の言ったことです。(大塚証言 記録八二丁裏、八三丁表)

とあるとおり、取得原価より安く売却して譲渡損を作り、これと譲渡益とを相殺することを明言しているものである。

これはもとより大塚税理士が税務の専門家としての立場から、かかる処理方針を述べているものであるから、かかる説明を受けた者においては、かかる処理が税法上許されると信じたことは当然である。

しかも、日本リソースにおける会議の席上においては、杉山時矢より大塚税理士に対し、かかる処理が脱税に当てはまるのではないかとの質問がなされたのに対し、同税理士より明確に否定されているのである。

即ち、この点についての杉山時矢及び佐々木の各証言をみるならば、まず杉山証人は、

問 そのとき大塚税理士の何か説明はありましたか。

答 ええ、その説明が終わった後に、島津さんが多分、大塚先生これでよろしいですね、というような言い方をしたと思うんですが。そこで私は、このやり方は脱税行為になるんではないですか、というご質問をしたように記憶してるんです。

問 その質問に対しては誰が、どう答えたんですか。

答 それに対しては大塚先生が答えました。

問 どういう答え方をしましたか。

答 商取引、実在する会社に要するに所有権の移転もなされるし、実際に幽霊会社でも何でもない会社に売却するんであって、商行為にあたるとか、それから非常にこれは自信ありげに言ったことなんで、私もそうできるのかなという、中ではっきり認識したことですから、はっきりした明言でもって、脱税にはならない、ということを言われたことをはっきり私は記憶してるんですけれども。

問 そうすると売り先の会社というものは実在して、実際の営業活動をしている会社でなければいけない、というような説明が大塚税理士からあったんですか。

答 それはありました。(杉山証言 記録一五一丁)

次いで、佐々木証人は、

問 それで。

答 それで私の記憶の中で・・・あるのは杉山さんだと思ったんですけれども、いろんな説明をしている中で、杉山さんがそんなことできるのっていうことを言いましたね。

問 そんなことって何をそのとき言ったんですか。

答 物件をそれぞれの会社に移すという方法を説明していましたね、そんなこと大丈夫かっていうことを杉山さんがおっしゃってましたね。

問 移すだけなら問題がないんだけれども、安く移すということでですか。

答 そうですね、それでこの価格はいくら、この価格はいくらということを決めながら、どんどん進行してたということは記憶あります。

問 杉山さんがそう言ったのに対して、誰かそれに対する反応はありましたか。

答 反応かどうか分かりませんけれども、浅沼税理士も同席していたことがございましたね。浅沼税理士もおおすげえなという表情をされてたのを私まだ記憶ございますね。

問 大塚さんがそれに対して何か説明したんですか。

答 これは大丈夫だよということを言ってました。

問 どういうふうに大丈夫だよと言うんですか、別に何か説明ありませんでしたか。

答 そこのところですけれどもね、杉山さんのご質問はそんなことは大丈夫かということは、要するに法人税法違反なんていうから、低廉譲渡して圧縮していくということだろうと思うんですよ、今で思えばですよ、それまで私もぼんやり聞いたりしておりまして、ほほほうと言ってうなづいていただけですからね。

(佐々木証言 記録四八二丁、四八三丁)

以上によって窺われることは、大塚税理士は自らも税法上許される行為であると確信し、且つこのことを明言しているのであって、税務専門家のかかる確言によれば、何人もこれが仮にも違法であり脱税にあてはまるなどとは思いつきもしなかったことは明らかであり、このことは次のごとき佐々木の証言からも窺えるところである。

問 それで大塚さんは大丈夫だよと言ったというんですがね、あなたとしては安心したわけですか。。

答 安心しますよ専門家ですから、私どもは全くの素人ですから、私ども決算とかあるいは会計処理というのは、私どもある意味では素人でございますから。(佐々木証言 記録四八三丁裏)

しかして、大塚税理士としては、被告会社の決算及び申告の処理の方針としては低額譲渡の実行による譲渡損の発生を基本としながらも、具体的には申告後における税務署の調査と折衝を経て修正申告をなすことを意図していたものと認められる。

即ち、この点についての大塚証人、佐々木証人の証言をみるならば、まず大塚証人は、

問 ここのところをちょっと説明していただきたいんですがね。その税金を払わざるを得なくなってくるでしょうねと言った後、最終的には税務調査等の関係では納税額は出る、と、ただ、その納税額と相殺関係をつくらないで売りっぱなしにして譲渡益が出たことによって生ずる課税額とのバランスをみると、売りっぱなしで持っていかれる税金の方がはるかに大きいわけです、と。

これは結局どういうことなんですか。

答 それは、記憶ですけれども、売りっぱなしに、要するに譲渡益が出たまんまで納税額を計算した場合と、原価割れして売って一部行為計算の否認が入らないで認めた場合と、全体的に勘案してみると、売りっぱなしにしない方が税額が少なくなってくる可能性の方がある、と。ただ、それは低額譲渡について全額否認されない場合です。

問 要するに、税務調査等でも全額否認されない場合もあると、一部は認められる場合があるから、売りっぱなしにするよりも税金の点で有利だと、こういうことですか。

答 その可能性がある、ということです。

問 あなたとしては、確定申告書を作りましたね。

答 はい。

問 その時点で、これは税務署の方で、もう当然是認してくれるんだというふうにお考えになってましたか。

答 難しいだろうという前提がありました。

問 難しいということはどういうことですか。

答 税務調査は必ず入ると、ひとつは。

問 必ず入る。

答 はい。

問 それで。

答 もう一つは税務調査の中で修正申告はやらざるを得ないと。

問 それにも関わらず、低額譲渡の方法をとった方がいいとこういうことですね、結局のところ。

答 という依頼でした。

問 依頼よりあなたが・・・。

答 依頼があったから私がそれを結局引き受けてやるということになったわけです。

問 引き受けて、あなたは税理士として税務の専門家としてそのように処理をされたわけなんでしょう、違いますか。

答 はい。

問 だからあなたもその方が有利だというふうに見たわけでしょう。

答 はい。

問 ところで先程の話ですが、あなたは結局申告書を出しても税務調査を受けて、修正申告を余儀なくされるとこう予想していたわけなんですか。

答 はい、そうです。(以上 記録八七丁乃至八九丁)

問 どの辺のところでランディングするということは、どういうことですか。

答 税務調査を受けてもろもろ修正問題出てきます。そこで修正勧告等がありますから、自主的にこっちで修正して行く場合と更正決定を向こうでしてくる場合がありますが、従って税務調査が入った段階では私のほうで窓口で受けてましたから、これは任意の話合いでもって、どの辺の税金を納めればいいのかという一応腹づもりは持っていたんですけれど、査察が一気にどーんと入ってきちゃいましたから、それは査察の時期と税務調査の時期がほぼぴったり符号しちゃったんです。従って、税務調査の方は途中でとんざしちゃいまして、もう手出せない状態になったまま国税の方に書類は移っていったと、こういう状態なんです。

問 結局のところ、あなたとしては、これは税務署から税務調査を受けて、そこで折衝してランディングをどうするかとか、その結果修正申告に持っていく、こういうお考えだったんですね。

答 それが基本なんです。

問 申告書を提出されたときのお考えはそうだったんですね。

答 そうです。(以上記録九二丁)

問 今の検察官のご質問に関連するんですが、本件で問題になっている一五物件の譲渡の問題ですね。これにつきまして、先程のあなたの表現によりますと、全体としてみると仮装譲渡に近いんじゃないかと見ておったと、こういうご証言ですね。

答 はい。

問 そういう見方をしておられましたけれども、この本件の税務申告の最終の落ち着き先としますと、先程らいあなたが再三言っておられる税務調査がまず入るだろう、と。それに対して折衝する、と。その折衝の結果、ある程度の修正がなされる、あるいは更正がくる、それに応じて言われた税金を納めると、こういうことで納まるだろうと、こういう見通し、認識でおられたわけですね。

答 はい、そうです。(以上 記録一二四丁裏)

又、この点についての佐々木証言をみるならば、

問 あなたのお立場は、融資をするという立場であるからちょっと興味と関心が違うのかもしれませんけれども、他に何か印象に残っていることがございますか。

答 ・・・杉山さんがおっしゃったときか何かのときかに・・・何か問題があったら修正をすれば、調査が入ったら修正をすればいいんだよと、税務署が入ったら修正をすればそれでいいんだよというようなことを言ってたことは、そういう記憶もございますね。断片的で、そういうこともございますよ。

問 申告したあとで、税務調査があって問題があれば、修正すればいいという趣旨ですか。

答 そういうふうに私は理解しております。

問 そこであなたとしても、堀口さんに大塚税理士を紹介した立場がありますね。

答 (うなずく)(以上 記録四八四丁、四八五丁)

右に挙げた大塚税理士及び佐々木証人の証言から明らかなことは、不動産の低額譲渡は実際に行うものであること、これに伴う申告に対しては税務調査が当然なされることを予期し、右税務調査における折衝によって行為計算の否認をできるだけ抑え、税務署の了承する線において修正申告をなすということが大塚税理士の本件処理に対する意図目的であったことである。

このように、税務調査とこれに対する折衝を予期し、その結果において修正申告を当然予期している以上、不動産の売買はたとえ低額譲渡であるにせよ、もとより実際に行われることを当然の前提としているものであることはいうをまたない。

税務申告とこれに対する税務調査及び折衝を経ての修正申告を当初より意図しているならば、これはあくまでも売買が実際なされることを当然の前提としていることは明らかである。

以上の事実よりすれば、これをもって仮装の売買を企図したとみることは断じてできない。これをもし仮に仮装売買を当初より企図したものとするならば、明らかに前記事実とは食い違う全くの背理となるものであることはういまでもない。売買当事者及び関係者の意思は、もとより真実売買をなすということであり、ただその売買価格につき低額譲渡との指摘を税務当局より受けるおそれが存したにすぎないのである。

さればこそ、大塚証人は前記証言と共に、

「・・・とりあえずは、低額譲渡で売却しようという意思は代表取締役であったと思います」(大塚証言第四四後半、記録九一丁裏)

と証言し、低額譲渡であるにせよ、真実売買の意思が存したことを明確に証言しているのである。

そうだとすれば、前記各証言より認められることは、低額譲渡においては売買を実際になすということであり、これを仮装譲渡となることは事実の誤認であることは言うまでもないところである。

3、大塚税理士においては逋脱の認識が存しなかったことについて

以上1、2により明らかとなった事実関係をここに要約するならば、次のとおりである。

即ち、その要点としては、

(一)、まず、大塚税理士は佐々木を通じての被告人堀口よりの質問に対しては、「同族会社間の廉価売買の方法による譲渡損の計上とこれと譲渡益との消去が可能である。」旨を佐々木、被告人堀口をはじめ関係者に明言しているものである。

(二)、次に、大塚税理士は、確定申告書提出後、税務署よりの税務調査は必ずなされ、右調査の段階で自らが税務署と折衝し、その結果修正申告をなすことを当初より予期していたことである。

(三)、大塚税理士としては、右のように税務調査をうけ修正申告を余儀なくされる理由は、低額譲渡による同族会社間の行為計算の否認の可否の点であり、この点については、税務署との折衝によって低額譲渡については一部は認められ全額否認されないように自らが対応処理に当たる意図であり、且つこのことを被告人を初め関係当事者に明言していたものである。

このように修正申告を余儀なくされるということは、当然売買価額が妥当であるか否かについて税務当局と納税者との間において見解が異なることとなることが予想され、その場合税理士が税務当局と折衝し、これによって税務当局が是認し、納税者も納得できる線に落ち着けることを予期していたとみることができる。

以上の諸点よりみるときは、大塚税理士においては逋脱の認識ないし脱税の犯意が存しなかったことは明らかといえよう。

何故ならば、右にみるとおり大塚税理士は、当初より本件確定申告については税務署による税務調査を予期しているものであり、これに対し自らが折衝しこれに対応処理することを当然としているのであって、税務調査においては当然低額譲渡に対する行為計算の否認の可否が問題となることは勿論であるから、もしこれが脱税を意図したものだとするならば、大塚税理士自らが税理士としての責任が問われることは必至であろうことは目に見えているからである。

何よりも「税務申告に対し調査を受け、自ら税務署と折衝して修正申告をする。」という考えは、そもそも脱税の意図なり認識なりが存しなかったことを物語るものである。このことは、又、確定申告書及び決算書には、作成者として大塚雄二税理士の記名印(ゴム印)が押捺されていることからも窺うことができる。

もし仮に大塚税理士が自らが処理に当った税務申告が「脱税に近い相当の危険」があると認識していたとするならば、あえて自らの職業生命を失いかねない危険極まりない行動に格別の報酬なりその約束もないのに出たということになり、到底合理的にはあり得ることとは考えられない。

むしろ真実は、大塚税理士としては逋脱にあてはまるなどとの考えは全くなく、申告書提出→税務調査→折衝→修正申告というプロセスを考え、これによって可能な限り節税を図るというテクニックとして税務処理に当ったものであって、この限りにおいては逋脱の犯意なり認識なりは存しなかったということである。

大塚自身、「査察が入ることは全く考えていなかった。」「当初は告発までは考えていなかった。」と述べている(記録一〇四丁)が、その言わんとする真意は自己の所為が逋脱になるという認識が全くなかったというにあるとみるべきである。

ところで、大塚税理士が佐々木より紹介され、被告人より被告会社の税務会計処理の委任を受けこれを引き受けるについては、大塚税理士としては自ら進んで応諾したものであって、被告人を初めとする何人からも懇請なり強要があったわけでもなければ、又、過大な報酬の提供なり約束があったこともない。あくまでも通常の税務会計処理の委任であり、且つこれにつきるものである。

もし仮に、納税者において脱税の意図を有しその目的を遂行するため税理士に税務会計処理を依頼し、税理士においてもこれに応じ、右目的の実行のため不動産の仮装売買を企図しその外形を構築したとするならば、一方の納税者においては加担への懇請なりあるいはこれに対する過大な報酬の提供なりをなすのが当然であり、他方これを引き受ける税理士においては、いわば職業生命を賭してのことであるから、たやすく納税者からの依頼に応じたとは考えられず、しかももしこれに応ずるとしてもかかる危険に対する過大な報酬の受領ないし約束なくして応ずることなど到底あり得ざることである。

しかるに、本件においては、納税者である被告人も又、依頼を受ける税理士のいずれにおいても右のごとき懇請なり過大な報酬の提供約束など全く存していないのである。

これ即ち、本件においては、正に依頼者においても税理士の側においても脱税の意図なり認識なりが全く存しなかったことを如実に物語るものといえよう。

以上によりみるならば、「大塚は、・・・自らは被告会社における低額譲渡は脱税行為であると思い、うまく行く保証はないことを強調したが、・・・脱税の手段になることを承知しつつ低額譲渡の実行に加担することを決意した。」との原判決の判断(第二裁判所の判断一、8)は、何らの証拠に基づくものでもなく、従ってこれが理由齟齬に当ることは明白というべく、その結果として重大な事実の誤認を招いたのである。

確かに、大塚税理士は、公判廷での証言中、検察官よりの主尋問に対しては、「かなり危険があると思った。」「リスクが大きい。脱税に近い、相当の危険」「問題だと思った。」「主観的に脱税目的だ。」と思った旨証言し、かかる証言をとらえて原判決は前述のとおり「大塚は、・・・自らは被告会社における低額譲渡は脱税行為であると思い、うまくいく保証はないことを強調したが、・・・、脱税の手段になることを承知しつつ低額譲渡の実行に加担することを決意した。」との認定の根拠となしたかに窺われる。

しかしながら、同証人も認めるごとく、同証人は単に「思った」だけのことであり、被告人堀口らに対し右のごとく「かなり危険があると思った。」「リスクが大きい。脱税に近い、相当の危険」「問題だ(と思った。)」「主観的に脱税目的だ。」など「述べた」ことは、かつて一度たりともない。のみならず「危険(リスク)がある」とか「問題だ」などこれに類する言辞を述べたことも全くないことは同証人の自認するところである。

また、前述のごとき大塚税理士の構想の下にあって、本当に同税理士がその内心において「思った」か否かは極めて疑わしいと言わざるを得ない。

大塚税理士は、被告会社における低額譲渡の実行については、何の躊躇もなく自ら進んでこれを引き受け、その税法上の意味なり実行方法について被告会社関係者に説明しこれを指導しているものであって、そこには「危険」なり「脱税」なりの意識は全く存する余地はないと認めるべきである。

ここで付言するに、右原判示中「うまく行く保証はないことを強調した」の意味は「脱税行為であると思い、うまく行く保証はないことを強調した」ものではなく、単に「節税効果がでるという保証はない」という意味に過ぎないものであることは次の大塚証言より明らかであるし、大塚税理士自身脱税の共犯者として逮捕・勾留・起訴される危険性のある状況で検察官に迎合し、その取調べに協力し、当公判廷で検察官の意を受けた証言としたとしても、決して本件行為は「脱税」であると断言したことも「脱税になる」と被告人らに話をしたとも証言しておらず、「うまくいく保証はない」という曖昧模糊とした証言しかできなかったのであるのに、判決はことさらこれを曲解して脱税行為と結びつけるという牽強付会をなしている。

即ち、大塚証人はこの点につき、

問 暗黙という以上、はっきりそれを言ったということはないんですか。

答 うまくいく保証はないというのは、結局、節税効果が出るかどうかという問題を初めから議論しておりますから、節税効果が出るという保証はない、という意味です。結局、時期的なタイミングみても分かるように、決算直前の月ですから。ですから、本来やるべきことはもっともっと前にやらなきゃいけないことを、三月になって急に私の方に依頼されてきましたから、時間的にもう間に合わないということです。

問 あなたは、そして検察官の問いに対して、主観的には脱税目的ありだなと、こうおっしゃってますがね。あなたはその時、これは脱税になりますよ、というふうなことをおっしゃっことはありますか。

答 脱法行為とか違法行為とかいう話はしたことあります。但し、ストレートに、脱税という税法上の言葉はありませんので、脱税という言葉は使っていないです。

問 脱税という言葉は使ったことはない。

答 ・・・・。

問 脱税行為、違法行為というと、それはどういう趣旨ですか。

答 言い換えれば、法秩序違反ですね。

問 法律にあるなしにかかわらず、もし本当に脱税だというふうにあなたが思われれば、はっきりそう言うべきじゃないんでしょうか。注意してアドバイスするのは当然と思いますけど、どうでしょうか。

答 それは、保証できないということに全部含まれています。結局、節税効果が確実に出るんであれば、我々は職務上保証してやっていきます。

問 要するに、保証の限りでない、保証できないというんで、そういう意味も含めたと、こういうことですか。

答 そうです。(大塚第四回公判証言 記録八三丁、八四丁)

と証言しているのであって、明確に「節税効果が出るという保証はない」という趣旨である旨述べている。これを前述のとおりの大塚税理士が企図していた「税務署の調査を待ってこれと折衝し修正申告に及ぶ」という方針と思い合わすれば、その趣旨が脱税行為とは何ら関係ないことは明らかとなるものである。

又、「保証できない」という言葉は、どのように解しても、これを「脱税」という意味に把えることなど全く不可能であることはいうまでもないところである。

結局のところ大塚税理士の認識としては、同証人が証言するとおり、

問 先程、税務署から指摘を受けた場合は、それに対して修正をしてそれに対応していく、ということでしたね。

答 はい。

問 国税の査察が入ったために云々と言ってましてね、今回はね。

答 はい。

問 予想してなかったんだという趣旨に解してよろしいですか。

答 はい、査察は予定してなかったです。

問 国税が入った場合において、この査察に対してどう対応するかということは、元々考えていなかったということですね。

答 元々考えていなかったです。

問 全然考えていなかったんですね。

答 はい。

(大塚第四回証言 記録一〇四丁)

問 もっと端的に聞きます。この件を告発されて、後に脱税事犯として起訴されると、逮捕勾留されると、関係者がですね、そういう場面をあなたは考えていましたか。

答 私はその当時は税務調査が入っていましたから、税務調査の対応をしていくということで、逮捕勾留とか、そこまでは私は考えてなかったです。

問 依頼人が起訴されるということも考えていませんでしたね。申告時点で結構です。

答 申告時点では修正申告はやむを得ないということで、修正の方向で考えていました。

問 少なくともあなたのその税務申告行為に基づいて、依頼人がですよ、関係人がですよ、逮捕勾留され起訴されると、脱税ですよ、そういうことをあなたは理解していましたか。そういうことは全然頭の中にはなかったということ。

答 当初は告発までは考えていなかったです。

(大塚第四回証言 記録一〇四丁、一〇五丁)

旨の証言より明らかなとおり、大塚税理士としては本件処理が仮にも脱税として査察の対象とされ、さらには告発、起訴されるとは夢にも考えなかったのであって、税務専門家としてもし仮に脱税行為に加担したとすれば、これが査察、告発、起訴となるおそれがあると考えるのが当然というべきであって、これを全く考えなかったということ事態、大塚税理士自身脱税にあてはまるとの認識がなかったことを物語るというべきである。

4、被告人堀口として、低額譲渡が税法上許されるものと信じたことにつき、相当の理由が存することについて-全て大塚税理士の教示指導に従っている。

(1)、前述の通り、被告人堀口としては、佐々木を通じて低額譲渡が税法上問題がないのかどうかを問い訊し、大塚税理士より問題なくできるとの回答に接し、ここに被告会社の決算及び法人税の確定申告の信頼をなしたものであり、昭和六三年三月一六日以降における日本リソースでの会議において、大塚税理士は被告人堀口をはじめ被告会社関係者に対し、「取得原価より安く売却し譲渡損を作り、譲渡益と相殺する。譲渡益と譲渡損が同一金額であれば、課税関係は生じない」旨述べ、これを決算処理の基本方針として作業を進行させることとしたのである。

更に、同税理士は、同族会社間の行為計算の否認を回避するため、「代表取締役が共通とか、持株を過半数持たないようにすること、原因証書を作っておかなければだめだ、登記もきちっと出しておかなければいけない」(大塚証人第二回公判記録二七丁、二八丁、佐々木証人四八二丁、浅沼証人四二八丁)旨具体的に作業内容を指示しているのである。

そして、その作業の実行として、大塚税理士の主導のもとに被告会社と三社間の売買契約締結、代金支払、所有権移転登記がなされ、大塚税理士自ら被告会社の昭和六三年三月期事業年度の決算書を作成すると共に、法人税確定申告書を作成し、これに被告会社の経理担当者より会社代表者の印鑑を出させ自ら押印のうえ、作成税理士として「大塚雄二」の記名押印をなして提出するに至ったものであり、被告会社に対しては、右確定申告書の写しを後日交付したものである。(栗林証人 記録二六五丁、二六六丁、被告人堀口の供述六一二丁乃六一四丁)

以上のとおり、低額譲渡による譲渡損の発生と譲渡益の相殺については、税法上問題がない旨税務の専門家である税理士が明言し、且つかかる決算処理の方針に基づく税理士自らが売買契約の実行に関与したうえ、決算及び確定申告をなしているものである以上、被告人堀口はじめ被告会社関係者らは、全員低額譲渡による譲渡損の発生と譲渡益の相殺は税法上可能であり、もとより合法であると信じているものである。

被告人堀口としては、税務専門家の指導と税理士が自ら実行した決算処理及び確定申告がそもそも不正の脱税行為に該るなど夢にも思っていなかったというのが真実である。

(2)、この点について、被告人堀口がどのように認識していたかについて、各証人の証言及び被告人本人質問の結果につき見ることとする。

まず、証人佐々木秀男の証言によれば、大塚税理士を紹介したのは、

問 これについて証人は、大塚税理士から問題ないんだという説明を受けたんですか。

答 受けましたね。

問 だから堀口麗子に会わしたんですね。

答 そうです。

問 具体的に言いますと、同族会社、グループ会社に低額譲渡しても問題はないんだという説明を受けたんですね。

答 受けました。(佐々木証言 記録四七六丁)

とあることから明らかな通り、同族乃至グループ関係会社間の低額譲渡は、税法上認められるとの大塚税理士の回答が出発点となっているものであり、これに続く日本リソースでの会議においては、大塚税理士は「会議というよりも大塚さんが非常にご熱心にいろんなことをご説明されてましたね」(佐々木証言、記録四二八丁)とある通り、もっぱら会議を主導しており、その説明の内容も「・・・人的だとか、あるいは資金的だとか、あるいは本店所在地だとかいうものが違った数多くの会社があればいいんだ、という意味のこともおっしゃっていたような記憶もございますね」(佐々木証言 記録四八四丁)より伺われるとおり具体的に指示しているのである。

ところで、かかる大塚税理士の説明に対し、列席していた杉山時矢より「物件をそれぞれに会社に移すという方法を説明していましたね、そんなこと大丈夫かっていうことを杉山さんがおっしゃっていましたね。」(佐々木証言 記録四八二丁表)との質問がなされたのに対し、「これは大丈夫だよということを言ってましたよ。」(佐々木証言 記録四八二丁裏)との極めて明快な回答が大塚税理士よりなされているのである。

これは、当の杉山時矢の証言において多少その表現に違いはあっても、

問 どういうふうに質問したんですか。

答 脱税行為になるんじゃないですか、と。

問 どうだったんですか。

答 脱税行為にならないという大塚先生からのご意見をいただきましたし。

問 本当にそう答えたんですか、大塚税理士は。

答 間違いなく答えてます。これは。(杉山証言 記録一三八丁)

述べていることからも、実際に大塚税理士が税法上許されることであることを明言していることは明らかである。

そして、このような大塚税理士の説明や確言によって、会議列席者が全員低額譲渡が税法上問題ないと信じたものであることは言うまでもない。

この間の消息については、佐々木証人が、

問 それで大塚さんは大丈夫だよと言ったというんですがね、あなたとしては安心したわけですか。

答 安心しますよ、専門家ですから、私どもは全く素人ですから、私ども決算とかあるいは会計処理というのは、私どもある意味では素人でございますから。(佐々木証言 記録四八三丁)

が証言するところから明らかに窺われるところであり、もとより、被告人堀口も佐々木同様に大塚税理士の説明を信用し、低額譲渡が税法上問題ないものと確信したのである(被告人堀口本人調書 記録六〇二丁乃至六〇四丁)

(3)、更に、日本リソースでの第一回会議においては、浅沼税理士も同席していたものであるが、同税理士としては大塚税理士の説明に対し、何一つ異議を唱えたり疑問を呈したことはないのである。

この点につき、浅沼税理士は大塚税理士の印象について、「同業でも凄い人がいるもんだなというのが第一印象でした。」「雄弁だし、僕みたいにもたもたじゃないしね、なかなか理路整然と話しておりました」と証言しているのである。(浅沼証言 記録四三〇丁裏)

もっとも、浅沼証人はこれに続き「ちょっと大丈夫かな。」と思った旨述べている。しかしながら、浅沼税理士はかかる懸念についてはこれをおくびにも出したことはないのであって、同席の専門家においても何一つ異議なり疑義を呈しないという状況の下においては、列席者一同が大塚税理士の説明を信用したことは極めて当然のことと言えよう。被告人堀口においても、もとよりその例外ではない。

(4)、更に、大塚税理士より「(売買物件の価額)が安かった、高かったは税務署との話し合いだから、それは私の方が責任をもってこれから今後もやってあげますから、もし安ければ修正すればいいんだから」(被告人堀口供述 記録五四一丁、六〇二丁)との説明がなされているものである。

この大塚税理士の説明は、前述の通り大塚税理士自身において脱税の認識が全く存しなかったことを示すものであるが、更には、右のごとき説明を受けた列席者一同において、今後の税務署との折衝も全て大塚税理士が責任をもって行ってくれる。従って税務専門家がこのように確言する以上、税法上何の問題もないものと信じさせるに十分であることは言うまでもない。

(5)、以上述べたような大塚税理士の説明により、被告人としては同族会社間の低額譲渡による譲渡損の発生による譲渡益の消去については、税法上許されるものと信じ、同税理士に決算と確定申告の手続一切を任せたものである。

しかして、被告人堀口として、かく税法上許されるものと信じたことについて相当の理由が存することは言うまでもないところである。

被告人堀口としては、税務に関しては格別の知識もない全くの素人である。

かかる素人にとって、税務専門家である税理士が税法上問題ない旨明言し、且つ処理を実行している以上、これにつき疑問など抱く余地がないことは当然という他ない。

税務について素人である一般人が専門家に教えを乞うて、その専門家が合法である旨明言し教示したうえで自ら実行している行為について、一般人に対しこれが違法であると認識すべきことまで期待するなど、正に不可能を強いることとなることは言うまでもないところである。

(6)、もともと被告人堀口として、佐々木に資産税に堪能な税理士の紹介を依頼した理由は、前述の通り同族会社間の低額譲渡が税法上可能であるか否かの判断を専門家に仰ごうというにあるのであって、ことさら脱税行為を行わせるために税理士の紹介を依頼したことなど全くあり得ざることである。

ことに、税理士に対し、法に違反してまでも税負担の軽減を求めることなどあり得ないところであって、法の許す範囲内での節税を求め、税法上問題とされることがないように処理してもらうよう、専門家の税理士に判断を仰ぎ処理を委ねようとしたものであるに過ぎない。

特に、ここで留意すべきことは、当時における被告人堀口、大塚税理士をはじめとする関係者一同の関心は、低額譲渡が同族会社間の行為計算の否認の適用を受ける恐れが存するか否かの点に有したのであって、従って、関係者としては税務当局によって、もしかかる否認がなされるならば予想外の多額の課税を受ける恐れがあることを危惧し、否認がなされることのないように専門家に適切妥当な処理をしてもらうことを期待していたものであり、かりそめにも脱税行為に該るなどとの認識は全く存しなかったものである。

(7)、更に、若干付け加えるならば、被告人堀口においてはもし仮に大塚税理士がたとえ一言でも「問題がある」とか「難しい点がある」とか述べさえすれば、ただちに断念したことは言うまでもないところである。ましてや脱税行為に当るなど洩らしたとすれば、即座に取り止めたことは言うまでもない。

この点において、原審において大塚証人が「保証の限りでない」と述べたと強調するが、これが全く事実に反することであり責任回避であることは言うまでもない。「保証の限りでない」など言われて、尚、税理士に依頼するなど到底考えられない。

大塚税理士が、専門家としての知識経験に基づき確信を持って税法上許されることであると明言したからこそ、被告人堀口としては同税理士に決算及び税務上の処理の一切を委ねたものであり、それ以外にはあり得ないことである。

即ち、本件は、徹頭徹尾、大塚税理士の意図方針とその実行行為であって、そこには被告人堀口自身の意図なり認識なりの存する余地はないのである。

5、税務専門家の指導教示とこれに従った者の故意の欠缺について前述の通り、被告人堀口としては大塚税理士の判断とその説明に全幅の信頼をおき、同税理士の処理の一切を委ねたものである。

このような状況にあって、被告人堀口が大塚税理士の説明に疑問を抱いたり、あるいはその処理につき危惧の念を持つことなど到底期待し得ないことであることは言うまでもない。

そもそも税務上の処理につき、専門の税理士の指導助言に全面的に頼る以外、素人としていかなる手段方法が期待され得るであろうか。

税理士法においては、税理士の使命として第一条において「税理士は税務に関する専門家として、独立した公正な立場において申告納税制度の理念に沿って、納税義務者の信頼に応え、租税に関する法令に規定された納税義務の適性な実現を図ることを使命とする。」と言われている通り、国家が公認した唯一無二の「税務に関する専門家」なのであり、「納税義務者の信頼に応え」ることが期待されているものであることは言うまでもないところであり、税理士の義務としては、脱税相談等の禁止(税理士法第三六条)、信用失墜行為の禁止(同法第三七条)が定められ、更に税理士は委嘱者に脱税行為又は隠ぺい仮装があったときは、その是正の助言をなす義務を負い(税理士法第四一条の三)、脱税相談等に対しては懲戒処分が課されることとされている(同法第四四条以下)。

このように国家が資格を公認した高度のプロフェッショナルである税理士に決算及び税務代理を委嘱し、その指導助言に従ってなした行為について素人である一般人がこれが違法であるとか、あるいは脱税に該るとか夢想だにし得ないことであること明らかである。

更に又、かかる重大な職責を負う専門家の税理士以外の何人に対し指導助言を仰ぐことが期待できるであろうか。

この理は、特定の行政上の問題につき、所管行政庁の指導に従った場合、例えば風俗営業許可についての警察の指導、診療所の移転についての保健所の指導、酒類の製造についての役場及び税務署の指導等、あるいは民、刑事の訴訟問題について弁護士の教示指導を受けた場合や、登記手続につき司法書士の指導等においても全く同様であって、関係官庁の指導乃至回答や公認の資格を有する専門家の指導教示乃至鑑定に従った場合においては、まさしく行為の適法性を信じるにつき、相当の理由があるとなすべきものである。

かかる場合において、ただ行政法規の円滑な運用との視点のみを優先させ、行為者に過大な要求をなすことが許されないことは言うまでもないところである。

あくまでも、前述したような本件の具体的状況の下における行為者の立場から判断されなくてはならない。

被告人堀口としては、正にかかる専門家の税理士の指導助言に従ったものであり、そこにはもとより故意もなければ違法であることの認識も全くあり得る筈がないものである。

これを要するに、専門の税理士が引受けてやってくれている以上、常識的に考えて、これが違法な脱税に当るなどとは思ってもみなかったという極めて当然の事理に尽きるのである。

6、ところで、この点について、原判決は次の各判例に違反する判断をなしたものであることは明らかであると言わねばならない。

(1)、原判決は、最高裁判所平成元年七月一八日第三小法廷判決(刑集四三巻七号七五二頁)に違反するというべきである。

右判決は、公衆浴場法第八条一号の無許可営業罪における無許可営業の故意が認められないとされた事例であるが、右事例においては、被告人は公衆浴場業営業許可申請事項変更届が県知事に受理されたことにより被告会社に対する営業許可があったと認識し、被告人には無許可営業の故意が認められない旨判示し、無許可営業の故意を認めた原判決を破棄し、無罪を言い渡したものである。

この理は、ひとり関係官庁の行政措置乃至指導を信頼し、適法であると信じた場合のみに止まらず、専門家の教示指導がなされ、これを信頼した場合にも等しく適用されるべきものである。

一般人としては、法規の解釈なり適用の可否等については専門的知識を欠くものであるので、その際には専門家の意見を徴し、その教示指導を信頼してこれが適法であるとすればこれに従うほかなく、これは関係官庁の行政措置乃至指導を信頼することと何ら変わりがないからである。

特に、国家が高度の専門家として資格を付与した税理士、公認会計士等においては、その教示指導に対する信頼は関係官庁のそれと何らの逕庭はなく、全く同等に見るべきことは言うまでもない。

もし、一般人に税務上の問題、特に租税法規の解釈適用につき専門の税理士の教示指導に対して信を措くことができないとしたならば、その場合には納税者としてはどのようにすべきかについて全く困惑するほかなく、何のために国家が税理士制度を設け、その資格を公認しているのか全く意味をなさなくなると言うことに帰する。

本件においては、税務の専門家である税理士が、本件低額譲渡は税法上許された適法のものである旨明言し、自ら決算及び確定申告をはじめとする税務会計処理を行ったものであるから、被告人堀口としてはかかる税務専門家の教示指導に従い税法上許されたものと信じていたものであるから、これは右判決における関係官庁の行政措置乃至指導により、無許可営業の故意が認められないことと全く同視すべき場合に該ることは明らかであるから、被告人堀口には、ほ脱の故意が認められないとなすべきである。

しかるに、原判決は、かかる関係官庁の行政措置指導と同視すべき税理士の教示指導に従った被告人堀口に対し故意を認定したものであって、かかる原判決の判断が右判決に反するものであることは明らかである。

(2)、又、原判決は、東京高等裁判所昭和五五年九月二六日判決(高刑集三二巻二号一四六頁)に違反すると言うべきである。

右判決は、石油精製業者の団体である石油連盟による生産調整が、独禁法に定める一定の取引分野における競争を実質的に制限した罪に該るか否かについて、「相当な理由に基づく違法性の錯誤」を考え、かかる前提のもと違法性の意識の有無の判断基準として通産省による行政指導がなされたこと及び公正取引委員会から何らの注意、警告、調査等の措置がなされていないとの二つの観点を挙示し、被告人には違法性の意識がなかったものと判示したものである。

この判示の示した理は、単に関係官庁の行政指導に従った場合のみでなく、その分野領域における専門家による教示指導がなされ、これを信頼し従った場合にも等しく適用されるべきであることは、前記一の場合と全く同様である。

しかるに、原判決は、関係官庁の行政指導と同視すべき税務専門家である税理士の教示指導を信頼し、これに従った被告人につき違法性の意識が存したものとなしているが、かかる判断は右判決に反するものであることは明らかである。

(3)、原判決は、東京高等裁判所昭和四四年九月一七日判決(高刑集二二巻四号五九五頁)に違反すると言うべきである。

右判決は、猥褻図画公然陳列罪につき、被告人が猥褻性を具備しないものと信じた点について、相当の理由が存するか否かについて自主機関である映画倫理審査会の通過、右映画倫理審査会に対する社会的評価、右審査を受ける製作者、その他の上映関係者の心情及び映画倫理審査制度発足依頼初めての公訴提起であることを認定したうえ、右審査の通過との判断決定に従って制作上映した者には、違法性の錯誤につき相当の理由が存すると判示したものである。

右判決の示す自主機関である映画倫理審査会の審査通過との判断決定に従った者に対し、違法性の錯誤につき相当の理由が存するとなす法理は、民間の自主機関に過ぎないもののなした判断についても、関係官庁の行政指導等に匹敵する機能と根拠を有するものであることを明示したものであって、この理は、当然民間人であっても税務専門家である税理士のなす判断についても妥当するものである。

税理士は、税理士法第一条において「税務に関する専門家」として「納税義務者の信頼に応え、租税に関する法令に規定された納税義務の適性な実現を図ることを使命とする」と定められている通り、国家が公認した専門家である以上、その専門的判断については、同じく民間人とはいっても法に何らの根拠規定を持たない映画倫理審査会の判断より、更に尊重されるべきものであることはいうをまたない。

従って、民間の自主機関である映画倫理審査会の判断に従ったものについて、違法性の錯誤につき相当の理由が存すると判示した右判決は、同じく民間人であっても国家によって公認され資格を付与された税理士のなす判断についてもこれと同様に適用され、税理士の判断に従ったものに対しても違法性の錯誤につき相当の理由が存するものとなすべきである。

しかるに、原判決は、映画倫理審査会の審査と同視すべき否むしろこれより高く評価されるべき税務専門家である税理士の判断を信頼し、これに従った被告人につき、違法性の錯誤につき相当の理由が存しないものとなしているが、かかる判断が右判決に反するものであることは明らかである。

7、売買が実際になされたことについて。

本件の不動産の低額譲渡については、前述の通り、大塚税理士の提案と主導の下になされたものである。

この点についての事実関係の概要について再度見るならば、次の通りである。

即ち、会合は、殆ど大塚税理士の主導の下に進行し、大塚税理士より「被告会社の土地建物を他へ安く売って譲渡損を出し利益を消すためには、富士エステートと富士プロジェクトは同族会社だから譲渡損を出す以上、土地建物の全部を富士プロジェクトに売るのではなく、他の会社にも分けて売る必要がある」旨説明があり、「このようにすれば税法上問題はない」と明言した。

更に、大塚税理士より「(売買物件の価額が)安かった、高かったは税務署との話し合いだから、それは私の方が責任をもってこれから今後もやってあげますから、もし安ければ修正すればいいんだから。」との説明がなされたのであった。

右のような大塚税理士の提案に基づいて、売り先としては株式会社富士プロジェクトの他、株式会社パイディアオーバーシーズと株式会社カズコーポレーション二社が決定されたのである。

しかして、以後の被告会社と株式会社富士プロジェクト、株式会社パイディアオーバーシーズ及び株式会社カズコーポレーションの三社との間の被告会社所有土地建物の売買契約については、売買金額についてはその専門の杉山時矢の助言に従い、その他の内容については全て大塚税理士が被告会社より任され、自らの判断で決定して締結に至ったものである。

ここで、買受人である三社の内容及び取引状況等について見ることとしたい。

(1)、同族会社である株式会社富士プロジェクトについて

株式会社富士プロジェクトは、昭和五四年五月被告人が設立し、不動産の売買・仲介・賃貸及び管理業務並びにコンサルタント業務等を目的とする会社であって、被告人堀口が代表取締役に就任しているが、被告会社とは全く別個の独立主体である。

又、株式会社富士プロジェクトは、昭和六二年一一月二二日時点で千代田区九段に鉄骨・鉄筋コンクリート六階造のビルを新築している。(弁第六号証)少なくとも、右新築期日の半年から一年前に請負契約等を締結し資金手当等を富士プロジェクトがしていることは疑いのないことである。しかも、右新築過程で「株式会社富士プロジェクト」の看板を設置しているのである。(弁第五号証)

かように、株式会社富士プロジェクトは昭和六二年当時、厳然たる事実として存在していたものであり、全く活動もしていないペーパーカンパニーではないのである。

(2)、関係会社である株式会社パイディアオーバーシーズについて

株式会社パイディアオーバーシーズは、楠本敦司が昭和五七年九月に海運業・不動産売買・仲介・賃貸及び管理業務等を目的として設立されたものであるが、被告人堀口は昭和六三年三月に至るまで全く知らなかった会社であり、当然その役員構成にも株主構成にも、被告人堀口又は被告会社は全く関与していない別法人である。

株式会社パイディアオーバーシーズが実質的活動をしていたのは昭和六二年春頃までであるが、それ以後、代表取締役である楠本敦司はその活動を停止していただけであって、何年間も活動停止にある休眠会社とはその評価を位にするのである。だからこそ、被告人らが売却先を探しているとき、会社そのものが存在し活動できるからこそ右楠本から株式会社パイディアオーバーシーズの名前が出たのであって、昭和六三年当時においても営業活動をしうる実体のある現存する、しかも、いつでも経済活動のできる状態にある会社である。

加えて、被告人堀口又は被告会社が右株式会社パイディアオーバーシーズの買収をしたり、その株式を取得した事実もないのであり、本件不動産売買等の全ては右株式会社パイディアオーバーシーズの代表取締役楠本敦司の同意のうえになされているのである。

(3)、非同族・非関係会社である株式会社カズコーポレーションについて

〈1〉、当初、被告会社の不動産の譲渡について、被告人は同族会社である株式会社富士プロジェクト一社にするつもりであった。しかるに、後述の通り大塚雄二税理士より、売り先は株式会社富士プロジェクトのみならず、その他二~三の会社へ売却するように、しかも買い受け会社は赤字会社ではなく、且つ決算をしている会社を探してくれるように指示された。そこで杉山時矢と親交のあった黒川和紀が代表取締役をしている株式会社カズコーポレーションへ話を持っていったのであり、株式会社カズコーポレーションは被告会社とは同族性も関連性全くない、全く関係のない別法人である。

〈2〉、杉山時矢は右代表取締役黒川和紀に対し、青葉台外三筆の不動産について最初、物件を買ってもらいたいという依頼をしているのである。(黒川和紀の証言 記録三〇六丁)買う程のお金がないと黒川が言うと、その後不動産を抱いてくれとの依頼があったとのことである。

即ち、杉山の話は当初から売買の話であり、仮装譲渡の話ではなかったし抱いてくれという話も不動産業界ではよくある話で、「抱かせる」とは抱かせた側が資金調達から売買先の斡旋まで全てをして、そこから生じた利益を所有者となった抱いた側と分けあうような形態を総称するが、抱いた会社である株式会社カズコーポレーションが所有者であることは間違いのないことであり、若し儲かるようなら協力し、儲からないようなら協力要請を無視する自由意思は株式会社カズコーポレーションにもあったのである。(杉山証言 記録一五五丁)

〈3〉、株式会社カズコーポレーションの代表取締役黒川和紀は、昭和六三年三月二九日、株式会社日本リソースにおいて自ら融資関係等の書類に記名押印したうえ移転登記申請の委任までしている。

又、関連会社株式会社マックホームズに国税庁の査察が入るや、被告会社へ覚書を持ち込んできた。右覚書には、売買契約を前提としての事後処理を規定した、特に三項には被告会社が買い戻す旨の特約を明記しているのである。

加えて、株式会社カズコーポレーションが国税庁から査察を受けた昭和六三年一〇月一二日から、五~六回国税庁より事情聴取された際も売買であると主張していたのである。

〈4〉、株式会社カズコーポレーションが被告会社から買い受けた代官山の宅地については、東京地方裁判所で当事者間での売買の事実も認定されている。この点については、当審においても右民事判決書について証拠調請求をなし立証する予定である。

8、被告会社と三社間の売買契約、登記、代金支払及び担保設定について

以上のような経過を経て、本件土地建物の売買契約に至ったものであり、これによりすれば、右売買契約は適法有効になされもので仮装売買でないことは明らかであると言わねばならない。

即ち、被告会社と株式会社富士プロジェクト、株式会社パイディアオーバーシーズ及び株式会社カズコーポレーションの三社との間の被告会社所有の土地建物一五物件についての売買契約は、いずれも有効に締結されたものであり、その履行としての売買代金の授受及び所有権移転登記並びに担保権設定登記の各手続も履践されているものである。

即ち、売買代金については、昭和六三年三月三一日に全部決済がなされ、所有権移転登記及び担保権設定登記についても同日申請手続が完了しているものである。

この売買代金授受及び所有権移転登記、担保権設定登記の完了という事実関係よりするときは、前記不動産の売買が事実なされたことは明らかであり、仮装となす理由など全く存しない。

9、譲渡物件その後の状況について

又、右売買が真実行われたものであることは、次の事実からするも明らかである。

即ち、被告会社より買受けた前記各社は、自ら買受け不動産上にビルを建築して、これを第三者に転売譲渡し、あるいは自らこれを使用収益しているものである。

これを先述すれば、被告会社より買受けた株式会社富士プロジェクト及び株式会社パイディアオーバーシーズは、次のとおり買受け不動産を第三者に転売している。

即ち、株式会社富士プロジェクトは、相模大野所在「サンシャイン」、久米川所在物件、西新宿所在物件の三物件を、株式会社パイディアオーバーシーズは、中野区中央所在物件及び新小川町所在の二物件をそれぞれ第三者に売却譲渡している。

株式会社富士プロジェクト及び株式会社パイディアオーバーシーズの両社とも、右物件の売却に伴う公訴公課、特に譲渡所得に対しては申告納付していることは勿論である。この点については、当審において右両社の決算報告書及び確定申告書につき証拠調の請求をなし立証する予定である。

又、未処分の不動産についても、右両社においてこれを使用収益しているものである。

以上のとおり、被告会社より買受けた各社において、これを自らの所有として第三者に売買し、あるいは自ら使用収益している以上、被告会社との間の売買契約は適法有効になされたものであり、何ら仮装の売買ではないことはもとより言うまでもないところである。

もし、仮に仮装売買とするならば、無権利者から譲り受けた第三者は何らの権利も取得しないということとなり、余りに非常識且つ事実に反する結論という他ない。要するに、売買は実際になされたものであると言う他ないのである。

10、契約者、売買代金の決定、融資評価額と時価等について

ところで、本件売買契約における契約書、売買代金の決定、融資評価額と時価、仮装譲渡と税金、売上金、賃料、金利等につき若干触れることとしたい。

(1)、売買契約書等について

売買とは、当事者間の意思の合致によって定まるもので、もとよりこれには契約書も登記も必要としない。仮装売買は当事者間に右の売買の意思がない場合である。

売買の成立には、その売買の目的・動機が何であろうと有償で相手方に使用収益処分権を与える目的でその旨の合意をすれば十分である。

これは、もとより同族会社間、代表者が例え同一人物であったとしても、右の場合においても全く同様であって、何ら差異は存しない。

同族会社の存在を認めることが現行法であり、同族会社間の取引を適法有効なものと認めることで税務処理もされてきているのである。

被告人堀口及び被告会社は、当初、同族会社たる株式会社富士プロジェクトへ移転しようとし、それを実行したのであるから、もともと売買の意思はあったのである。しかるに、大塚雄二税理士の指示により株式会社富士プロジェクト以外に株式会社カズコーポレーションや株式会社パイディアオーバーシーズが登場したのである。株式会社カズコーポレーションは、被告人堀口が依頼し被告会社においても中枢に位置する杉山時矢が特に可愛がっている黒川の経営する会社であり、株式会社パイディアオーバーシーズは、被告会社の従業員楠本敦司の会社であり、最終的には被告会社又は株式会社富士プロジェクトとの協力を期待できるグループ会社である。

被告人堀口としては、何ら本件不動産の所有権を実質上移転しない理由などないのである。加えて、右のような関係であれば第三者との売買のように厳格に売買契約書等の作成が前になろうが後になろうが、売買そのものの効力には影響しないのである。

当事者間の意思として、売買をなす意思が存し、且つ所有権移転登記乃至引渡しあるいは担保権設定登記がなされた以上、売買が有効に成立したものであることはいうをまたない。

(2)、売買代金の決定

本件不動産の売買代金については、被告人は適性価格の設定を求めるべく営業最前線におり不動産のスペシャリストである杉山時矢を厚く信頼し依頼したところ、杉山時矢は「再販価格」をもって売買価格を算出しているのである。即ち、杉山時矢は「当時、値段が下がっていたので簿価の中でそれを上回って売っていくということは非常に難しく、買った先が利益を挙げることにするとスーパー重課の関係から二年間は売却できず保有しなければならないので、二年間の保有期間とそれから金利と諸々の費用を足し、あと利益が出るように計算するとかなり安くしないと売れないことを基礎として価格を決定した。」旨当公判廷で証言している。(杉山証言 記録一五三丁)

被告人としては、本件不動産の売買価格について、ただ単に売却利益を消す目的であれば不動産取引のプロたる杉山時矢に価格決定を委ねる必要はなく、単に利益と簿価価値とを比べて価格設定をすればよかった筈である。

又、価格設定については杉山時矢が証言しているとおり、買い受け会社が二年間保有し、保有後売却した場合に利益が残るようにと価格を決めたとしているもので、右のような価格設定は当然に本件不動産の所有権を移転することを前提とするものであり、そうであるからこそ杉山時矢もカズコーポレーションの代表取締役たる黒川和紀に「儲けさせてやるから不動産も抱いてくれ」と頼んでいるもので、仮装譲渡の行為でないことは明らかである。

(3)、融資評価額と時価(売却代金)

原判決は、日本リソースの担保評価額を下回った不動産売却価格である旨指摘するが、右主張は時代背景並びに本件事案を十分に把握していない机上の空論である。

被告人堀口は昭和六二年頃から、今後不動産価格が下降することを予測していたが、その当時の一般的世相は不動産バブル期の最盛期であるかの状況であり、買えば儲かるとの様装で金融機関は金融機関の方から糸目もつけず不動産取得の資金を借りてくれと頼む程であった。その際、融資額を大きくするため、その融資基準とする担保評価も甘く、且つ最上限の評価を求めたのである。

しかも、日本リソースは新設されたばかりのファイナンス会社であり、それまで赤字会社であった同社が、被告会社(当初は被告会社一社への融資であった)へ融資、しかも約八二億円にも達する多額の融資をすることは、同社を発展させる千載一遇の機会であったため、融資金が被告会社が望む金額にするように担保評価をすることは当然のことである。又、被告会社としても担保評価を高くし、高めの融資金を手にすることは運転資金等の手当てから見ても望むべきことであり、当初被告会社への融資先を一本化しようとして評価した担保評価が時価よりも高くなったとしても、金融機関と借主そしてファイナンス会社の利益としては一致していたのである。

従って、日本リソースの担保評価が売却価格を上回っていたとしても、何ら異とするものではない。又、取得原価と売却価格が異なることは当然で、不動産業においては取得原価を割って売却することも実際上しばしば行われているところであり、それが下回っているか上回っているかは売買当時の不動産の時価や不動産の現況、そして売買当事者間の状況・意見等で定めるもので、下回っているから仮装であるということはできないことは明らかである。

この点において、常に必ず売却価格が取得原価を上回るものと考えることは取引の実情を知らない、又は無視したものという他ない。

ちなみに、現在においては売却価格より更に大幅に下回った時価となっており、今後も一層の下落が予想されている。

本件売買契約当時における売却価格については、当審において評価鑑定書の証拠調請求をなし立証する予定である。

(4)、仮装譲渡と税金

被告人は、本件不動産の売却先である株式会社富士プロジェクト、株式会社カズコーポレーションについては、全く操作不可能の会社である。株式会社パイディアオーバーシーズを倒産させたり消滅させたりする意思は全く有していなかった。

特に、被告人は、今後は被告会社ではなく株式会社富士プロジェクトを本体として営業活動をしていこうと考えていたもので、世間で通常行なう脱税事件にありがちな、ただ単にペーパーカンパニーに売却し、右ペーパーカンパニーを倒産させるとか営業せず消滅させるとか操作し、その利益をペーパーカンパニーごと消してしまう等の行為は全くないのである。

さすれば、右株式会社富士プロジェクト等の売却先が再度第三者へ売却すれば、購入原価が低くなれば低い程その譲渡利益は高く、その不動産譲渡税も高く支払うことになることは当然であり、何ら不当な結果を招くものでなく、時期の前後はあれ、きちんと辻褄・調整がなされ不当に利することとはならない。

株式会社富士プロジェクトと株式会社パイディアオーバーシーズも、現在も健全経営のもと、取得した資産の売却等に伴う税金をきちんと納付している。

(5)、売上金、賃料、金利等について

相模大野の物件や、やしろの物件のホテルの昭和六三年四月以降の営業売上金、百人町、久米川の賃料収入は被告会社へ入っており、金利や固定資産税の支払も被告会社がしており、更に、青葉台物件には被告人が居住し続けていることが仮装譲渡の理由としているが、同族会社間の売買や親しい会社間ではその占有状況等を従前と変わらない状態にしていることはよくあることであり、又、本件については二年間売却不動産を保有していこうとしたため、その間の管理業務一切を被告会社でやることの同意を株式会社カズコーポレーション等から得ていたことは杉山時矢の証言(記録一五三丁)及び被告人の当公判廷における「利益を知っている会社や・・・確保してあげるために、一度一応お待ち下さい、所有して下さい。必ずあなたに利益がありますよという形でもってもらう」(記録六四〇丁、六四一丁)と供述していることから明らかで、利益が生じるまで全ての段取りを被告会社がしてやることで進行していたのであって、仮装譲渡の理由にならないことは明らかである。

又、帳簿関係の一部不備は、その事務処理を委任された大塚税理士の怠慢から査察時までに備置されていなかったものである。

(6)、株式会社カズコーポレーションとの売買契約について

確かに、現在においては買主である株式会社カズコーポレーションは売買の成立を否定している。

しかしながら、右株式会社カズコーポレーションが売買を否認し始めたのは、昭和六三年一〇月、東京国税局の査察が行われ、その後の再三に及ぶ事情聴取を経た以後のことであり、右以前においては、同社としても右売買の成立を認めていたものである。このことは売買契約書中の買戻条項よりしても窺うことができるものである。

同社が売買の成立を否認し出したのは、ただ刑事事件に巻き込まれることを恐れたことと、売買とすると時価と売買価額との差額が利益金とされ、多額の課税処分を受けるとの恐れにほかならない。

現に、同社は買受け土地につき、隣地所有者との道路についての訴訟に当事者として自ら参加し、勝訴判決を得ているものである。

のみならず、同社は、弁護士の指導に従って買戻特約を売買契約に追加しているものであり、このこと自体、売買契約成立を前提としていることを自認するものにほかならない。

かかる事実関係からすれば、株式会社カズコーポレーションの現在における否認にも拘らず、売買契約は有効に成立したものであると言わざるを得ない。

四、本件事案の本来の性質とその背景となる事実関係について

以上述べたところにより、本件の実相が明らかになったものと思料されるのであるが、本件につき見るとき、誠に奇異な感を抱くことは、被告人、大塚税理士、その他の関係当事者において、もともと不正の脱税をなす意図目的など存しなかったに拘らず、これが税務当局よりほ脱事案として取扱われ、査察、告発を経て刑事事件とされるに至っていることである。この点につき、若干、付言したい。

被告人をはじめとする関係当事者においては、合法的な節税方法を考えこそすれ、不正な脱税など全く念頭になかったものであり、本件の税務処理も同族会社間乃至関係会社間においてしばしば行われる資産の低額譲渡(これは子会社の援助、育成あるいは評価損の実現、その他さまざまな目的のために行われる)に過ぎないものであり、これに対しては、利益操作あるいは所得振替に当るとの観点から、損金性の当否より行為計算否認の可否が税務当局によって問題とされることはあっても、これに対して法人税ほ脱観点より問題とされることなど全く存しなかったものである。

それでは、何故、本来は単なる税務上の是、否認の問題であるに過ぎない低額譲渡が、本件ではほ脱事犯と取扱われるに至ったのか、この点の解明を通じて、もともと被告人をはじめ関係者にはほ脱の範囲など存する筈がなかったことが自づと明瞭となるものと考える。

その理由の最大のものは、大塚税理士が実際には未熟、未経験であるにも拘らず、若干の税法上の知識から自己過信に陥り、ことさら税務当局の誤解を招きかねない税務上の処理を行い、且つその適切妥当な対応を怠ったことと、かかる大塚税理士の能力知識を買い被り、ただひたすら同税理士を信頼しその指導処理に何らの疑いをも差し挟むことなく全てを任せた被告人はじめ関係当事者の軽率、無思慮が挙げられよう。

しかし、その軽率さ、あるいは無思慮を責めることはもとより、可能であったとしても、これをもってほ脱の犯意なり認識ありとなすことなどできよう筈がない。

それでは、右に述べた大塚税理士の未熟且つ不手際な税務処理と、同税理士に対する過大評価につき見ることとする。

本件において、特徴的なこととしては、何よりも大塚税理士の自己過信と被告人らの大塚税理士に対する過大評価が挙げられる。

もともと大塚税理士は、正規の税理士試験を合格したことによる資格を取得したものではなく、国家試験の抜け穴と評されているダブルマスター(大学の法学研究科と商学研究科の各修士過程をそれぞれ二年で終了し、合計四年で二回の修士資格を持つことを示す)による全科目免除により税理士試験を無試験で資格を取得したものであるに過ぎない。

右の如き、税理士試験免除による資格取得者については、税理士試験が高度且つ厳格となり、その合格が困難となるに従い抜け穴として活用され、近時その数は激増するに至っている。

ところで、かかる試験免除による資格を取得した税理士に対しては、全く実務経験がなく、更に何らの研修制度も義務付けられていないため、能力、知識における質的低下がかねてより憂慮されると共に、規範意識の弛緩が指摘されているところである。

大塚税理士については、正に試験免除による資格取得者の欠陥が端的に露呈されていると見られるのである。

大塚税理士は、実際には実務経験に乏しく、又先輩よりの指導も殆ど受けたことがなく、従って、税理士として納税者に対する適切妥当な指導をなす能力、知識はなかったものであり、ただ実務経験に何ら裏付けされない生硬な若干の税法上の知識のみあったに過ぎないのである。

ところが、大塚税理士は自らの能力知識を過信したあまり、基本的には税法上許容される行為ではあるが、税務当局の強烈な拒絶反応を引き起こしかねず、ほ脱行為との疑いを招くがごとき税務上の処理を当然なものとして行い、且つこれに伴う税務署への事前打診なり折衝等、適切な処理を怠ったがため、税務当局にあらぬ疑いを引き起こすこととなり、ついに脱税と認められるに至ったものである。

他方、委嘱者である被告人らにおいては、大塚税理士が実際には理にのみ走ったきらいのある粗雑な処理を行い、且つ実務については未熟、未経験であることに気づかず、かえって逆に大塚税理士の学歴に惑わされ、且つ同税理士の大言壮語を鵜呑みにして同税理士を並の税理士とは違う能力、知識と卓越した実務経験を有する税理士と盲信し、なかんずく資産税乃至不動産税務の処理に極めて堪能熟知しているものと誤解し、同税理士の指導及び処理につき寸毫も疑いを差し挟むことなどなかったのである。誠に軽薄とも軽率とも言い得ようが、これは脱税の犯意とは全く結びつくものではなく、かえって逆に犯意のないことを示すと言えよう。

これが、本件の税務処理が、本来単なる同族乃至関係会社間取引であり、法人税法上、同族会社間の行為計算の否認の適用の可否にすぎないものであるのに、法人税法ほ脱事犯として取り扱われるに至った主因である。

要は、大塚税理士の未熟、未経験よりきた税務処理の不手際より、税務当局に法人税ほ脱と誤解を与え、査察更には告発へと至ったものであり、もし仮に被告会社におけると同様の会計税務処理が、熟達した税理士によってなされたとするならば、その行為計算の否認の可否をめぐり税務当局との折衝はあったにせよ、決してほ脱事犯として取り扱われることはなかったと認められるのである。現に、同族会社間の行為計算否認のなされた事例について、これがほ脱とされた例は全く存しないことからも明らかである。

このように考えるならば、本件においては、被告人はもとより大塚税理士をはじめとする関係当事者において、もともと脱犯の犯意なりほ脱の認識がなかったことは極めて明白と言えよう。

本件の本質を洞察するためには、先ず、右の如き事実関係が根底に存することに留意さるべきであると思慮されるものである。

第五、量刑不当の主張

弁護人らは本件につき、被告人らの無罪を確信し、当審においても強くこれを主張するものであるが、遺憾ながら原判決は公訴事実どおりの事実を認定し、被告人堀口に対し懲役四年、株式会社富士エステートアンドプロパティに対し罰金九億円の各刑を言い渡しているので、仮に、何らかの理由で当審においても原審の事実認定が維持されることがあるとしても、右量刑は以下に述べるとおり、著しく重きに失して不当であり、この点において破棄を免れないと思料する。

以下、その理由を述べる。

一、原判決は(量刑の理由)として、左記の諸点を前記の厳罰を言い渡した理由として指摘している。

1、脱税額が、単年度でありながら三二億円という類稀な巨額であり、非常に悪質である。

2、脱税の動機は、被告人堀口の利己的な考えによるもので、強く非難されるべきものである。

3、脱税の方法も、五〇億円の利益を一挙に隠すため故意に損失を出すような仮装売買を行ったものであり、あれこれ工作するなど非常に悪質である。

4、ほ脱率も一〇〇パーセントである。

5、摘発後も、全く自主的に納税する態度を示さず、国税局の滞納処分によりごく僅かが徴収されたにとどまり、三〇億円を越える金額が国家の損害として現存する。

6、被告人堀口は、本件脱税に主導的な役割を果たしたものであるにも拘らず、責任を逃れるような言辞を弄するなど反省の態度が全く見られない。

7、以上、犯情は極めて悪く、被告人堀口及び被告会社の刑責は重大である。

二、しかしながら、弁護人は、原判決のいう右(量刑の理由)は本件の実相を無視した極めて表面的且つ形式的なもので、到底承服できない。

本件は、形式的にみれば単年度で三二億円をほ脱したとされるのであるから、近時の脱税事件の量刑の状況からすれば代表者に対しては当然に実刑、それも相当重い実刑、法人についても重い罰金刑を科せられてもやむを得ない事案かも知れない。しかし、弁護人は、本件には前記第四、事実誤認の主張で詳述したとおりの特殊の事情が存在し、仮に、それにより無罪の結論に到達しないとしても、本件の情状として量刑の面において十二分の斟酌を要するものと確信するので、以下、分説する。

(一)、事実に関する情状(いわゆる犯情)

1、脱税が巨額であることについて

本件で脱税とされる金額は三二億円で確かに多額であり、その点だけに着目するならば原判決の量刑は必ずしも不当とはいえないが、前述の第四、事実誤認の主張でるる詳論したとおり、本件において被告人堀口は、専門家である大塚税理士の指導と教示が誤りないものと殆ど盲信して同税理士に全て一任してしまったところ、当初予想されていた行為計算の否認をめぐる所轄税務署との折衝と修正申告でことが納まるどころか、予期に反し査察、告発、身柄拘束、起訴原審の実刑判決という最悪の路線をたどる羽目となったものであって、ことを実態に即してみるならば、原判決の量刑は、専門家である大塚税理士の判断ミス及び処理ミスの結果責任を被告人堀口に押しつけるというに等しいものと言わざるを得ないのである。

2、動機について

原判決は、本件脱税とされる行為の動機につき、被告人堀口の利己的な考えによるもので強く非難されるべきだと決めつけているが、本件において被告人堀口は、元来、何らの個人的利得を目的としたものではなく、あくまで自分が切り回していくべき株式会社富士プロジェクト、株式会社富士エステートアンドプロパティなどの会社の経営プログラムに伴う資金蓄積と不良在庫不動産の値下がりに対する合理的な対応策として行ったものであり、脱税とされる金員ないし低額譲渡の代金などを、自ら個人的に利得ないし費消した形跡は全く認められないものであって、巷間伝えられる会社代表者が脱税した金員を裏金として利得したり、あるいは遊興費、その他個人的用途に費消したが如き事犯とは全く類を異にするのである。

また、一般論としても、本件はあくまで法人税法違反であるから、所得税法違反の如く行為者個人が利得するという面は存しないのであって、本件においても勿論、被告人堀口が個人的に何らかの利得をしたわけのものではない。

同じく、税法違反として国庫収入に損害を与えるという面では同断ではあっても、行為者の個人的利得の有無を考慮するならば、所得税法違反のほうがより重い処罰に値することは明らかである。

3、手段方法について

本件の脱税とされる行為は、要するに「仮装売買」ということであるが、被告人堀口がもともと目論んでいたのは同族会社である富士プロジェクトへの低額実売買による節税が税法上問題ないのであれば、その手法で節税を図ろうということであって、売却先としてパイディアオーバーシーズとかカズコーポレーションが登場したのは、ひとえに大塚税理士の指導によるものである。もし仮に、被告人堀口の当初の目論見どおり、売却先を同族会社である富士プロジェクト一社のみとしてことを運んだとしたならば、売主である被告会社の代表者と買主である富士プロジェクトの代表者がいずれも被告人堀口で共通であってみれば、両社の売買意思の合致に何らの問題はなく、あとは同族会社間の低額譲渡として税務署の税務調査の場面で行為計算の否認がどこまでなされるかということにとどまり、査察が入って脱税事件に発展するというような展開にはならなかったものと考えられるのである。

このように、本件が仮装売買という「偽りその他不正の行為」による脱税と扱われるに至ったのは、ひとえに大塚税理士の生半可な誤った指導、教示に起因するものであって、その責任は主として大塚税理士に帰せられるべきものであり、これを被告人に負わせるのは全く的を得ていないというべきである。

4、ほ脱率について

本件の脱税とされるほ脱行為のほ脱率が一〇〇パーセントであるのはその通りであるが、これもまた大塚税理士の勇み足ともいうべき行き過ぎの操作処理の結果そうなったものであり、被告人堀口としては、そこまでは希望も認識もしていなかったのであって、むしろ申告後、赤字申告をしたと知って大塚税理士を難詰した場面さえあったのである。

結果的にそうだからといって、被告人の預り知らぬ結果を、被告人堀口にその責を負わせるのは、本件の場合酷に失するというべきである。

5、事後の徴収状況及び今後の徴収見込について

被告会社は、原判決の直近の時点において合計金二億六、二八四万五、六一七円の賦課金等の徴収を受けており(今後も三徳ビルについての株式会社マックホームズからの家賃については継続して徴収見込)、また東京国税局は金一一億七、三〇〇万円相当の資産を差押えており、仮に納税金額の総計が国税局の見解どおりとしても、その相当の部分については徴収可能という状況にあるのである。

6、主導的役割を果たしたとの点について(大塚税理士との権衡の点)

原判決は、本件において主導的役割を果たしたのは被告人堀口であるというのであるが、既に第一及び第四において詳述した如く、大塚税理士こそが主導的役割を演じたというのが本件の実相である。

本件における同税理士の立場、役割は、決して会社代表者の意向、方針に従ってこれを事務的に担当処理したというようなものではないのである。

仮に、本件の発端において五〇億円という巨額の利益を前にして税金対策に苦慮していた被告人堀口が、同族会社への低額譲渡の手法を盛岡の例などをヒントに思いつき、大塚税理士に相談してそれによる処理を依頼したこと(大塚は受動的)、納税義務者は被告会社で被告人堀口はその実質的経営者であること(大塚税理士は納税義務者ではない)などの点を考慮に入れて、総合して両社の責任の程度に格段の差等がないものと見るとしても、一方の被告人堀口が前述1のとおり身柄拘束、起訴、公判、実刑判決という過酷な運命にさらされたのに反し、他方の大塚税理士は遂に全く刑事訴追を受けることなく終わって無事今日に至っているのであって、両者の間には「刑」の権衡を欠くどころではない甚しい処分の不権衡が存することは何人の目にも明らかである。

本件の実相をどのように把握するにせよ、両者の間にこのような甚しい情状の差異があろうはずがないことは明瞭であって、今となっては大塚税理士の訴追が不可能である以上、被告人堀口に対する量刑を根本的に考え直す以外にこの不正義をただす途はないのである。

この点、当審の賢明且つ勇気ある判断と是正を期待してやまないものである。

7、反省の態度について

原判決は、被告人堀口が本件で主導的役割を果たしたのに責任逃れの言辞を弄するなど反省の態度がないというが、被告人堀口の立場としては、税務の専門家である大塚税理士に相談し依頼したのは自分であるが、その後の一切の作業は大塚税理士に全て任せて、その主導に従って行われたものであるから、責任逃れでも何でもなく、依頼後の処理についてはよくわからないということであって、決して自らの責任を回避しようとしているわけでも何でもない。

8、本件摘発による被告人堀口、被告会社、関係会社の受けたダメージについて

被告人堀口の関係については後述するが、被告会社及び富士プロジェクトは本件の査察、被告人堀口の長期にわたる身柄拘束、起訴などにより、いろいろな面で大きなダメージを受けていることは勿論であり、時代がたまたま、いわゆるバブル経済崩壊の時期と重なったこともあって、巨額の納税負担と負債返済に塗炭の苦しみを味わいつつあるのであって、果たしていつまで会社を維持存続しうるかさえ危ぶまれているところである。

このような重大危機に、両社が被告人堀口を欠くこととなれば、また九億円もの巨額の罰金刑を科せられることとなれば、両社の命運はここに極わまれりという他ない。

(二)、一般的情状(主として被告人堀口麗子について)

1、身上経歴について

被告人堀口は、日立市で出生し都立竹早高校を経て昭和三二年東京写真短期大学を卒業し、イラク大使館に大使秘書として採用されて二年間勤務した後百科事典の販売会社に勤務したが、その頃夫容一と結婚し、間もなく夫の転勤とともに渡英して昭和四四年帰国するや不動産業界に入った。そして昭和五四年被告会社などを設立してその経営にあたりつつ本件当時に至ったもので、当年五六歳の女性である。

2、前科犯罪歴について

被告人堀口は、中流家庭に生まれ育った通常の社会人であるから、前科、犯罪歴などとは全く無縁の生活を送ってきたものであり、被告会社も何らの処罰歴はないことも勿論である。

3、家庭の状況について

被告人堀口は四人家族で、夫容一(五七歳)、長男昌隆(一九歳)、長女彩衣子(一六歳)と共に円満で幸福な家庭生活を送っている。

夫容一は、住友商事に永年勤務して非鉄金属の副本部長(取締役目前のポスト)にまでなったが、本件査察後、会社への迷惑を事前に回避するため、病気を理由に退職して現在に至っている。

また、被告人の父母はいまだ健在で、父祭主穰(八七歳)、母祭主治(八一歳)が杉並区内に居住している。

これら夫、子、両親は、いずれも被告人堀口の今後に不安と心痛の日々を送っており、夫は勿論のこと、思春期にある子供二人、老い先短い老父母も本件公判が被告人堀口にとって明るい解決をみる日の一日も早からんことを切に願っているところである。

尚、夫容一は身柄拘束中の妻に代わって朝は五時に起き子供の弁当を作り夕食の支度までするという母親代わり、主婦代わりの役までつとめたものであって、その姿は誠に涙ぐましいものがあったのである。

4、改悛反省の情について

被告人は、元来いわゆる「餠は餠屋」という考え方の持主で、税金問題は専門家の税理士に全て一任する方針でやってきたのであるが、本件についても決算及び申告を大塚税理士に一切「お任せ」した結果、査察、告発、起訴、有罪の実刑判決という予期せざる最悪の展開となってしまったものである。今となっては「大風呂敷を広げるタイプ」(黒川和紀証言)の大塚税理士を実力以上に過大評価して、軽率にも盲信盲従した結果の責任を背負わされかねない事態に直面して、本件における自らの態度に若干慎重さが欠けていたと自戒反省しているところである。

5、実質的処罰について

被告人は、昭和六三年一〇月の査察以来、平成三年七月四日身柄拘束、起訴、一年近くにわたった未決勾留、約一年半にわたる原審公判、そして懲役四年の厳しい実刑判決という過酷な五年間を送ってきたものであって、もともと良家の子女である被告人にとって文字通り獄の日々であった次第である。その間、本件は新聞その他にも報道されており、いわゆる社会的制裁を十二分に受けていることは言うまでもない。従って、被告人は、本件につき既に実質的な処分を受け終ったに近いものと評価してしかるべきものと思料されるのである。

6、実刑による悪影響について

被告人は、現在、被告会社及び富士プロジェクトを経営しているものであるが、いずれも被告人なくしては到底経営を維持して行けない状況にあり、仮に被告人を実刑により欠くこととなれば、資金繰り、その他あらゆる面で行き詰まって倒産の憂き目を見るは必至であり、他方、家庭の面においても母を、娘を失った思春期の息子、娘、年老いた父母に与える打撃と悪影響は正にはかり知れないものがあるというべきである。

7、再犯の恐れについて

被告人は、今回の査察、身柄拘束、起訴、実刑判決により、このようなことは真底こりごりしたというのが偽らざる心境であり、今後は二度とこのような事態を招くことがないよう、税金問題については十分慎重に対処して行く決心であり、側面から慎重な良識家の夫容一が協力する態勢となっていることでもあって、再犯の恐れは文字どおり皆無といえよう。

(三)、結論

以上、本件は仮に有罪としても、その刑責は主として大塚税理士が負うべきものであって、被告人堀口及び被告会社が重罰に処せられるべきいわれはないのであるから、本来責任を問われるべき大塚税理士が不問に付されている現在、被告人堀口及び被告会社に対する量刑はでき得る限りの寛刑をもって望むべきが当然であると思料するものである。

尚、被告人は平成三年七月二四日起訴され、同四年六月一九日保釈許可されるまで約一一ケ月間未決勾留されたのであるが、原判決はそのうち一八〇日を本刑に参入するにとどめている。裁量通算でその理由は明らかではないが、未決勾留が被告人に与える苦痛、勾留中の厳しい処遇、被告人が初老の婦人の身であることなどを考慮するならば、これを全部算入するのが妥当であると思料されることを付言したい。

三、以上の各情状を総合勘案するならば、被告人堀口麗子に対する懲役四年の実刑、被告会社に対する罰金九億円の原判決の量刑はいずれも著しく重きに失して不当であり、殊に被告人堀口については前述の諸々の情状に照らし執行猶予の恩典を与えてしかるべきものと思料されるのに、あえて実刑、それも求刑どおりの実刑に処したものであって、誠に不当な酷刑というべきであるから、いずれも破棄せられたうえ、被告人堀口について執行猶予付きの、被告会社についてはより軽い罰金刑の各判決を求めるため控訴に及んだ次第である。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例